ザ・ノトーリアス・B.I.G.と同じニューヨーク・ブルックリンのベッド・スタイ地区出身のディーミは波乱万丈の人生を歩んできた。シングルマザーのもと貧困家庭で育った彼女は、5歳の時には歌い始め、7歳の時初めてコンテストで優勝するなど、早くから歌の才能に目覚めていた。学校のコーラス団でも活躍し、遂にマンハッタンにあるTalent Unlimited High Scoolへ入学。この後1998年にプロデューサーのクリス・スタイルズと知り合い、彼のプロダクション=デンジャラスLLCと契約。彼女のキャリアは順風満帆かと思われたが、その後、ある男性と恋に落ち、21歳の時には2人の子供を設けると、子育てのため音楽活動を一時休止。だが、その男性は家庭内暴力がひどく、生活費にも困るようになっていった。その後、その男性が殺害されると、自分の人生を何とかしなければ、と一念発起した彼女は貧困に喘ぎながらもスタジオへ通い、デビューのチャンスを伺った。クリス・スタイルズの友人でもあるブルース・ウェインとダーティー・スウィフトからなるプロデューサー・チーム=ミディ・マフィアのバックアップも得た彼女は、彼らの協力のもと、ミックステープDJへプロモーションを開始。こうしてジェイ・Zやファボラスらと共演した楽曲がミックステープで話題となり、見事アトランティックと契約。こうして、今年、自身の半生を歌ったシングル「サウンドトラック・オブ・マイ・ライフ」と同名アルバムで遂にデビューを飾る。