海外オフィシャルサイト
www.thesubways.net
myspace music アーティストサイト
www.myspace.com/thesubways


【メンバー】
Billy Lunn(ビリー・ラン)
- guitar/vocals(ギター/ヴォーカル)
Charlotte Cooper(シャーロット・クーパー)
- bass/vocals(ベース/ヴォーカル)
Josh Morgan(ジョシュ・モーガン)
- drums(ドラム)
2005年のデビュー・アルバム『ヤング・フォー・エタニティー』でウェルウィン・ガーデン・シティーから初々しく元気いっぱいに飛び出したザ・サブウェイズにとって、ここまでの道程は長い冒険の道であった。そして今、セカンド・アルバム『オール・オア・ナッシング』のリリースを迎えようとしている。ティーンとしての時代を終えたのは比較的最近のことではあるが、殆どのバンドがそのキャリアにおいて経験する以上のことを彼らは乗り越えてきた。
いい状況は永遠に続くかのようであった。ライヴ・ツアーにおいてザ・サブウェイズは高い評価を得、その結果としてオアシスやフー・ファイターズらのゲスト・スロットを手にした。4年連続で出演したレディング・フェスティヴァルの他、グラストンベリー、リーズ、Tイン・ザ・パークなどへの参加により、フェスティヴァルで見たいバンドという評価も確固たるものとなった。日本、アメリカ、フランス、オーストラリアなどを含む世界的なツアーも行う傍ら、地元ではツアーの回数を重ねる度に会場の規模は大きくなり殆どのショウが事前にソールド・アウトとなるようになっていった。世界中のあらゆるメディアから賞賛を受け、アメリカではコーナン・オブライエンやデヴィッド・レターマンなどの番組をはじめTVでもよく目にするようになっていた。
このような最高の状況が形成されていく中、影を落とす問題が存在した。ヴォーカリスト/ギタリストのビリー・ランが、過酷なツアーによりできた声帯のポリープの手術を受けなければならない事態に直面したのである。その瞬間、バンド存続の可能性が危ういものとなった。
「回復の過程において何か問題が起こるとしたら、それは歌が歌えなくなるということではなく、話すことが出来なくなると僕は言われたんだ」と、淡々と彼は語る。「大きな恐怖感があったよ。まだ話すことができない時期もみんなでリハーサル・ルームに入っていたんだけど、その時期作った曲全てに抱えていたフラストレーションが宿っているよ」。
「僕はあえて知らないふりを通したんだ」とドラマーでありビリー・ランの弟でもあるジョシュ・モーガンは当時を振り返る。「可能な限りその事実が存在しないかのようにバンドの将来に向けての計画を考えるようにしたんだ」。通常のツアーができないことに特にフラストレーションを感じていたベーシストのシャーロット・クーパーは、DJとしてのツアーをレギュラーで敢行した。「ある意味、ツアーをしているような気分になるためのひとつの手段だったの」と彼女は言う。また、それは目の前にある大きな問題から気分転換を図る上でも有効であった。「曲を2時間くらいかけたら飲んで酔っぱらっちゃうの」と彼女は笑う「最高じゃない」。
時が経ち、ランが完全復活を果たした時、ザ・サブウェイズは新しいエネルギーに満たされていた。そして抱えていたフラストレーションと、リフューズド、デス・キャブ・フォー・キューティー、マクラスキー、シェラックらによる新鮮な影響が、劇的なダイナミックスを引き起こし、ニュー・アルバムに痛烈なインパクトを与えたのだ。
そしてバンドはプロデューサーのブッチ・ヴィグ(ニルヴァーナ、スマッシング・パンプキンズ、ソニック・ユース)とアルバムのレコーディングを行うためにロス・アンジェルスに向かった。自分の知識を深め、音楽の能力を高めたいと望むバンドにとってヴィグは大きな影響を与えることとなる。結果、『オール・オア・ナッシング』は『ヤング・フォー・エタニティー』同様の完成度の高さを保ちつつも音楽的に冒険的な前進をみる作品となった。
「僕たちは、人として、精神面において、そして音楽的にも自分たちにチャレンジを課したんだ」とランは断言する。『オール・オア・ナッシング』を聴けばその苦難の道が大きな恵みをもたらしたということは明らかである。