エミルウ・ハリスの未発表音源を含めたワーナー/リプリーズ作品、CD3枚組みボックス・セット『PORTRAITS』が発売されたのは1996年だった。ナッシュビル・カントリーの主流から外れて3年、当時まだアンダーグラウンド扱いだったオルタナティヴ・フォーク・ロック系アルバム『RECKING BALL』がグラミー賞を受賞してエミルウ復活をアピールしたその時だった。
それから5年、『ANTHOLOGY』(CD2枚組)が登場したのは1999年のドリー・パートン、リンダ・ロンシュタットとの『TRIOⅡ』での “After The Gold Rush”と2000年のアルバム『RED DIRT GIRL』の連続グラミー受賞によってエミルウがオルタナ・フォークの後見人としてロック・ファンから熱い視線が注がれ、新たなエミルウ人気が日本でも起こりつつあった2001年のことだった。

そして、いままたエミルウ伝説に新たな一石を投ずることになるであろうレーベルを超えて集められたCD4枚全78曲とファン垂涎の70年代ホット・バンドのライブとTVショー等を含む映像10曲を収めたDVD1枚からなる決定盤ともいうべきアルバム『SONGBIRD』がライノから発売された。1970 年、エミルウのデビュー・アルバムとなる『GLIDING THE BIRD』(ジュビリー)のニューヨーク録音以来、今日に至る37年、色々に試掘された金鉱が掘り当てられて全貌がやっと一般公開されたといった感じである。
エミルウ・ハリス(1947―)というと、カントリーにロックやフォークを持ち込んだ1970年代カウンターカルチャー時代の先進的なカントリー・ロックの女性シンガーとして知られているけれど、アメリカのカントリー・ミュージックの世界はエミルウの存在によってさまざまな変化と飛躍を遂げてきた。美人で才気と知性にあふれ、穏やかで朗らかな人柄。天はいくつもの贈り物をこの人に与えた。エミルウの出現によってカントリー・ミュージックの世界が一般に広がっていったことは日本でも例外ではない。
アルバム『ELITE HOTEL』(76年)、『BLUE KENTUCKY GIRL』(79年)、『TRIO』(87年)やロイ・オービソンとうたった「That Lovin’ You Feelin’ Again」(80年)、さらに「In My Dreams」(84年)といった作品のカントリー音楽のメッカ、ナッシュビルの音楽協会「CMAアワード」に先んじたグラミー賞受賞はエミルウのポップ・スターとしての証であり、カントリー音楽に対する一般音楽ファンの認識の変化の表れであった。
アーティストには「華」がないといけないといわれる。エミルウがステージに登場したときに放つオーラとその姿に聴衆が送る憧憬の視線に、彼女が70年代から現在に至るまでカントリー発展の原動力になった理由を見る思いがする。その活躍はカントリーを超えてロックからフォーク、ポップスにまで及び、さらに彼女のルーツだといわれるアイルランドの音楽にも精通、実に多彩であり、一筋縄では捉えにくい。しかし、その姿はまさしく「カントリーの顔」で、最高の外交ぶりは感銘に価する。
そうしたエミルウの魅力を『SONGBIRD』という表題のもと,副題にあるように未発表音源と映像、そして忘れ得ぬ珠玉の名曲の数々でまとめてくれたのが『GRAM PARSONS THE COMPLETE REPRISE SESSIONS』(ライノ/2006年)をプロデュースしたジエームズ・オースティン。そしてエミルウ自身である。この2人がここで聞かせるエミルウの世界は、カントリーとフォークとロックの衝突する音楽のダイナミズムだ。スカッとした新しく興味深い世界が開けていくようなエキサイティングでクールな感動は、2007年のいまでも少しも色褪せずにある。まさに70年代、80年代、90年代の感動と興奮が蘇る。レコード・デビューして37年を経てなお多くの人々を魅了し続けるエミルウ・ハリスの全体像に迫った、画期的なアルバムと映像である。
エミルウのアルバム・デビューとなった1970年のニューヨーク・セッションで録音された『GLIDING THE BIRD』未発表ヴァージョン“Clock”から始まるディスク・1は、グラム・パーソンズ&フライング・ブリトウ・ブラザーズ名義のアルバム『SLEEPLESS NIGHT』(A&M/76年)でうたったルーヴイン・ブラザーズ・ソング「The Angels Rejoiced Last Night」。グラム&フォールン・エンジェルズ1973年のラジオ・ショーからのライブ録音(SIERRA)。カール・ストーリーとランブリン・マウンテニアズの傑作として知られるブルーグラス・ゴスペルのカントリー・ロック・ヴァ-ジョン「The Old Country Baptizing」を経て『PIECE OF THE SKY』(75年)から始まるワーナー/リプリーズ時代に繋げた幕開けの構成は絶妙。 そして『ELITE HOTEL』(75年)、『LUXURY LINER』(76年)、『QUARTER MOON IN TEN CENT TOWN』(78年)、『BLUE KENTUCKY GIRL』(79年)、『ROSES IN THE SNOW』(80年)、『EVANGELINE』(81年)、『CIMARORN』(81年)、『LAST DATE』(82年)、『WHITE SHOES』(83年)迄のアルバムからの21作品が収められている。
「Ooh Las Vegas」「Satan’s Jewel Crown」「Tulsa Queen」「Green Rolling Hill」「Sorrow In The Wind」「Jordan」「How High The Moon」「Racing In The Street」――。時代は1970年代から80年代初め。アメリカのロックとカントリー世界は既成の閉塞状態を破ってさまざまにスタイルを変えて活動を始めた70年代を経て成熟の80年代に突入した時代だ。演じ手が20代、30代なら聞き手も20代、30代。既成の音楽スタイルに固執するファンには不可解な音空間があちこちで繰り広げられていた。そうした中で、エミルウは先頭を切ってナッシュビル・サウンドとは異なるカントリー活動をロックとカントリーふたつのミュージック・シーンに身を置きながら独自の解釈でカントリー・ロックを推し進めていた。このディスクで聞かれるエミルウ・ソングは、まさにその時代の作品。自身のルーツであるカントリー、ブルーグラスとグラムからの影響を露わにしたカントリー・ロック。それも、グラムの西海岸カントリー・スタイルではないきわめて東海岸の、それもワシントンD.Cエリアのフォーク/ブルーグラス・コミュニティー出身という初期キャリアの逸話を思い出させてくれる選曲と人脈によるそれであるのが興味深い。エミルウのシンガーとしての原点を示すディスクである。
エミルウがドリー・パートン、リンダ・ロンシュタットとトリオを組んでアルバムを発表するというニュースは76年のTV「ドリー・パートン・ショー」で 3人が共演、「Bury Me Under The Weeping Willow」をうたったことにはじまるが、初めての録音は79年の『BLUE KENTUCKY GIRL』での「Even Cowgirls Get The Blues」だった。その後80年のクリスマス・アルバム『LIGHT OF THE STABLE』でタイトル曲を、そして81年の『EVANGELINE』では「Mr. Sandman」がヒットするなど3人の共演になる「トリオ」話題はファンの間では途絶えることがなかったが、実際にアルバムが登場したのは87年だった。ディスク・2の最初に聞かれる「The Sweethearts Of The Rodeo」は80年代最大の話題だった、その渦中84年に発表されたトリオによる作品。アルバム『THE BALLAD OF SALLY ROSE』収録曲だ。トリオはエミルウ、ドリー、リンダ、3人名義のアルバムのためここには収録されていないけれど、この曲はその代わりとなる曲として取りあげられているのだろう。
『THE BALLAD OF SALLY ROSE』から始まるディスク・2は『THIRTEEN』(86年)『ANGEL BAND』(87年)、『BLUEBIRD』(89年)、『BRAND NEW DANCE』(90年)、『AT THE RYMAN』(92年)、『COWGIRL’S PRAYER』(エレクトラ/アサイラム93年)、『WRECKING BALL』( “/95年)『SPYBOY』(エミネント/98年)、『RED DIRT GIRL』(ノンサッチ/2000年)、「STUMBLE IN TO GRACE」( “/03年)、『LIGHT Of THE STABLE』ボーナス・トラック(ライノ/04年)からの全19曲。
エミルウの音楽にはハンク・ウイリアムズからマール・ハガード、バック・オーエンズもあればアーリー・エルヴィスもある。チャック・ベリー、エヴァリー・ブラザース、R&Bだってある。グラム・パーソンズのヴォーカル・パートナーからカントリー・ロックのトップ・ランナーへ、カントリー・ロックのトップ・ランナーからブルーグラスのクイーンへ、そしてバディー・ミラー達とのスパイ・ボーイ以後のオルタナ・カントリー・ロックやフォーク・ロックの後見人へ。エミルウはカントリー、フォーク、ブルーグラスといったアメリカン・ルーツ・ミュージックに関心を示し、それを彼女の音楽として提示して見せてきた夢先案内人。ルーツ・ミュージック界の埋もれた原石を探し出して磨きあげる才能の持ち主、錬金術師だということをこのディスクの19曲は雄弁に物語っている。
ジョン・デンヴァーの代表曲「Take Me Home, Country Roads」の作者として、また70年代のソフト・ロック・グループ、「Afternoon Delight」のヒット曲で知られたスターランド・ヴォーカル・バンドのメンバー、ビル&タフイ・ダノフの「Falling In A Deep Hole」で始まるこのディスクは、全21曲中6曲の未発表音源で構成されたレア・トラック集。それもグラム・パーソンズやカーター・ファミリー、また、ウエッブ・ピアス、さらにはフォークウェイズ・レコードをトリビュートしたアルバムへ参加したエミルウと多彩なゲスト、ニッティー・グリティー・ダート・バンド(89年)、ガイ・クラーク(92年)、スティーヴ・アール(02年)、メアリー・ブラック(91年)、シェリル・クロウ(99年)、プリテンダーズ(99年)、ベック(99年)、セルダム・シーン(88年)とのセッション等を中心にしたレア・トラック集である。
なかでもドリー、リンダとの「トリオ」作品、「Palms Of Victory」(78年)とデビッド・グリスマン、アリソン・クラウスが参加したアルバム『TRIOⅡ』セッションからの未発表曲「Soft And Tenderly」(99年)そして、「My Dear Companion」(87)は女性3人の3声ハーモニーが堪能できる魅惑のトラックである。
ディスク・3と似たコンセプトで構成されたアルバムだが、エミルウのアコースティック・カントリーやバディー・ミラーとのスパイ・ボーイ系オルタナ・フォーク・ファンにとっては聞き逃せない17曲である。
バディー・ミラーとの出会いがエミルウをオルタナ・フォークの世界へ向かわせたといわれているが、バディーのギターをフューチャーしてパティー・グリフインとうたった映画『WHERE THE HEART IS』のサウンドトラック盤(RCA/2000年)からの「Beyond The Blue」の2人の透きとおるような美しい歌声はこのディスクの白眉だろう。そして、ジョン・スターリング、カール・ジャクソン、サム・ブッシュ、アル・パーキンスといったナッシュ・ランブラーズに代表されるアコースティック・カントリー、フォークへの傾倒を物語る未発表作品「First In Line」「Highway Of Heartache」「Snowin’ On Raton」(90年)、「Gone」「Waltz Across Texas Tonight」(93年)、「Don’t Let Our Love Die」。ハンク・ウイリアムズのトリビュート盤(ロスト・ハイウエイ/01年)からのマーク・ノップラー・バンドとの「Alone And Forsaken」、再結成ホット・バンドのきっかけになった、ロドニー・クロウェルとうたったマール・ハガード・ソング「Mama’s Hungry Eyes」(アリスタ/94年)、ジョージ・ジョーンズとの「Here We Are」(エピック/79年)。リヴォン・へルムとジェシー・ジエームズ・アルバム(A&M/80年)でうたった「Heaven Ain’t Ready For You Yet」「Wish We Were Back In Missouri」。そしてマーク・ノップラーとの最新作『All THE ROADRUNNING』(ノンサッチ/06年)の「Love And Happiness」迄、このディスクのアコースティックな味わいは、いまやエミルウを代表するスタイルだといっていいだろう。
かつて、ラジカルなニュー・カントリー、カントリー・ロックの代名詞のように聞かれたエミルウのうたも、あれから37年、歴史的名作に殿堂入りしたと思うと時代の変転を感じずにはいられない。
『SONGBIRD』の特典といってもいいだろう映像10曲からなるDVD。ファンにとっては垂涎のライブ・パフォーマンス集である。70年代末、ジェームズ・バートン唯一のホット・バンドでの映像としてファンの間で密かに見られていたイギリスのヴィクトリア・シアターでのコンサート・ビデオの1 曲、「Together Again」(75年/BBC TVショー)のDVDでの登場には驚かされる。ここでのジェームズ・バートン、ロドニー・クロウェル、ハンク・デヴィート、グレンD・ハーディン、エモリー・ゴーディ、ジョン・ウエアから成るホット・バンドこそオリジナルだ。「Making Believe」(77年/BBC TVショー)ではジェームズに代わって参加したアルバート・リーの雄姿が拝める。「Blue Kentucky Girl」「Satan’s Jewel Crown」(78年)の2曲もアメリカから後生大事に持ってきたお宝映像だったことを思い出す。シカゴのTV番組「サウンド・ステージ」からの収録。バック・ホワイトのファミリー・ブルーグラス・バンドにジェリー・ダグラス、ボブ・ブラックが参加したダウンホーム・フォークスとリッキー・スキャッグス、フレッド・レッカードから成る新生ホット・バンドの共演である。「I Ain’t Living Long Like This」(98年)ではバディー・ミラーとスパイ・ボーイが。「Love Hurts」(06年/ナッシュビルのライマン公会堂でのグランド・オール・オープリー・ライブ)ではエルヴィス・コステロとのデュエットも然ることながら、デビッド・ローリングスとギリアン・ウエルチを知るファンなら思わず笑ってしまうバック・アップも見逃せない。そして感動のCMTライブ「Imagine」(04年)とお宝映像満載のDVDだが、75年から2006年にわたる31年間、年を重ねるにつれ容色まして魅力的になっていくエミルウに見とれるばかりである。とりわけ「Mr. Sandman」のプロモーション・ビデオでのエミルウの清楚で愛くるしい笑顔と立ち姿の素晴らしさは舌筆に尽くし難い。
エミルウ・ハリスというシンガーの名前は、長い間ぼくたちファンにとって、特別の響きを持つものだった。70年代、80年代、「ビルボード」誌をはじめとするさまざまな音楽誌をひらくとエミルウの記事が熱い共感と鋭い分析で書かれていた。「音楽的にも精神的にエミルウの音楽活動は将来に向かって大きな影響力を持つ」と。現在のカントリー・ロックやフォーク・ロックを含むアメリカーナとも呼ばれるミュージック・シーンはエミルがいなかったら、今在るようではなかったろうと、その影響力をこの『SONGBIRD』を聞いて確信せずにはいられない。
島田 耕
エミルウ・ハリスの魅力を集めた、渾身のボックス・セット! CD4枚と貴重映像を収めたDVDからなる決定盤。
エミルー・ファンお馴染みの79年リリースのクリスマス・アルバム。