新しい日ざしをたっぷり浴びたオーガニックなサウンド
その歌声はマリからパリへ。
伝説のアフリカン・ミュージシャン:サリフ・ケイタが発掘した女性シンガー・ソングライター
★インナ・モジャの新しい楽園へようこそ!
その歌声はマリからパリへ。
伝説のアフリカン・ミュージシャン:サリフ・ケイタが発掘した女性シンガー・ソングライター
≪INNA MODJA(インナ・モジャ)とは・・・!?≫
●パリで活躍する、西アフリカ、マリ共和国出身の25歳の女性シンガー・ソングライター。
●2009年10月リリースのフランス国内では既にこのデビュー・アルバム『EVERYDAY IS A NEW WORLD』 は,30,000枚突破のヒット・アルバム!
●フランス以外の国ではほとんど出回っておらず,日本でも勿論,初お目見えの「掘り出し物新人」です!
●同じマリ出身の世界的に有名な写真家:マリック・シディベが,アートワーク&フォトを撮影
●ジェイソン・ムラーズの曲をカヴァー(MySpaceにて「バタフライ」を発表)&本人とのデュエット共演も実現!
(フランス全土で開催の大音楽フェス:Fete de la musique 2009にて,デュエット曲「ラッキー」を披露!)
●マリ共和国の、砂漠に住むプル族(フラニ族)の家庭に、7人兄弟の下から2番目に生まれた。6歳のとき両親により聖歌隊に入れられたことによって歌うことの楽しさを知り、聖歌隊の活動に夢中になっていった。そんな中で賛美歌だけではなく、外交官の父親が聴く、レイ・チャールズ、エラ・フィッツジェラルド、オーティス・レディング、サラ・ヴォーンなど、また彼女よりもちょっと年上の子供たちが聴いていたパンクやハードコア・ラップ、ヘヴィ・メタル等々、様々な音楽に興味を持っていった。
●「インナ」はプル族(フラニ族)で「いけない子」という意味で、「モジャ」は彼女が子供の頃いたずらをすると、母親に「モジャ」と呼ばれていたことからとられているという。そういったいたずらっぽさのある「いけない子」の側面が、彼女の運命を形作っていくことになる。
●アフリカを代表する世界的ミュージシャン、サリフ・ケイタから実力を認められ、サリフ自身もかつて在籍していたことのある地元のバンド、バマコ・レイル・バンドに紹介し、彼女は見事そのバック・シンガー務めることとなった。
このバンドでジャズ、ボサノヴァの唱法をマスターした。
●18歳のとき単身でパリでの生活を始め、アルバム『Everyday Is A New World』をリリースするに至る。このアルバムはフランス国内でヒットし、3万枚のセールスを記録した。多くのTV番組に出演し、フランス全土で開催される大音楽フェス : Fete de la musique 2009では、憧れのジェイソン・ムラーズと「ラッキー」をデュエットした。
●「パリの生活は好きよ」彼女は語る。「友達や、身近にいる人たちが大好き・・・日々の暮らしは私にとってとても大切なことなの。でも…」と彼女は続ける。「でもバマコ(マリの首都)には家族がいる・・・エネルギッシュな大きな街よ。そこのマーケットも大好きだし、ニジェール川の河畔を散歩するのも大好き」。生まれ故郷との強い絆を保ちながらも、彼女の音楽はいわゆる「ワールド・ミュージック」、「アフリカン・サウンド」からは遠く離れて聴こえる。だが彼女の音楽の中に感じるオーガニックな香りや、燦々としたリゾート地の太陽のような輝きは、彼女にアフリカの大地で育まれたDNAが組み込まれているからにほかならない。いたずらっ子のように自由な彼女の感性は、生を受けた地から遠い旅の末、異文化の地に降り立ち花開いたのである。
≪インナ・モジャをカテゴライズするのは不可能だ≫
・マリ出身の25歳:インナ・モジャは,フランスのミュージック・シーンで人気急上昇中のスターである。「Let's Go To Bamako」といったタイトルからは,マリの首都について歌ったノスタルジックな曲が思い浮かぶが,実際はモジャと同郷のサリフ・ケイタや,ロキア・トラオレというよりも,コリーヌ・ベイリー・レイ,トリスタン・プリティマン,ヘイリー・セールズに近いサウンドである。
「自分の音楽を“ロックン・ラヴ”って呼んでるの」自身の音楽をどうカテゴライズするかというロイター・アフリカ・ジャーナルの質問に対して彼女はそう答える。「私は馬鹿みたいに飲む訳じゃないし,ドラッグもやらないから(自分の音楽を)“ロックン・ロール”とは呼べないわ。でもロックしているから, “ロックン・ラヴ”なの」
・インナ・モジャはデビュー・アルバム『Everyday Is A New World』をフランスで2009年10月にリリースした。彼女のファースト・プロモーション・ビデオ,「Mr. H」は彼女のポップ・プリンセスとしての資質を証明するものであり,実際,フランスのTV局で数多くのエアプレイを記録した。
・マリに生まれた彼女は,外交官の両親と共にナイジェリア,トーゴ,そしてアメリカで過ごし,18歳のときにパリを住まいにすることを決めた。「パリの生活は好きよ」彼女は語る「友達や,身近にいる人たちが大好き・・・日々の暮らしは私にとってとても大切なことなの。でもバマコには家族がいる・・・エネルギッシュな大きな街よ。そこのマーケットも大好きだし,ニジェール川の河畔を散歩するのも大好き」 伝説的なワールド・ミュージック・アーティスト:サリフ・ケイタは彼女のよき指導者の1人である。インナ・モジャはソロ・アーティストになる前,彼が在籍していたバンド:バマコ・レイル・バンドでバックアップ・シンガーを務めていたこともある。
・生まれ故郷との強い絆を保ちながらも,彼女の音楽は我々が想像するワールド・ミュージックや,“アフリカン・サウンド”からは遠く離れている。しかし “アフリカン・サウンド”とは何だろう?そしてインナ・モジャのような新しいアフリカのミュージシャンは,世界各地の音楽からの影響を受け入れるべきなのだろうか?それとも自分達の伝統的音楽の大使となるべきなのだろうか?
海外オフィシャル・サイト:
http://www.myspace.com/innamodja