1977年にワーナー・パイオニア(現ワーナーミュージック・ジャパン)からアルバム『Deadly Drive』でソロ・デビューを飾った伊藤銀次は、もちろんそれ以前の「ごまのはえ」「ココナツ・バンク」「シュガー・ベイブ」などといったバンドでの活動や、大滝詠一、山下達郎と共に完成させた1976年の名盤『NIAGARA TRIANGLE Vol.1』、さらに1980年代以降はアレンジャーやプロデューサーとしても大活躍し、佐野元春、アン・ルイス、沢田研二、松原みき、ウルフルズ、ザ・コレクターズなどを手がけたことでも知られるが、今回ソロ・デビュー30周年の一環として、遂に『Deadly Drive』がリマスターされ、再発されることとなった。
2ndシングル「Deadly Drive」のマスター・テープ
この『Deadly Drive』(ワーナー・パイオニア/L-10074Y)というアルバム、前述のように伊藤銀次のソロ第1作であり、同時に日本人アーティストとしてアサイラム・レーベルを使用した最初の作品でもある。リリースは1977年5月25日。なおアルバムと同時発売で、シングル「風になれるなら/こぬか雨」(ワーナー・パイオニア/L-84Y)が、さらに1ヶ月後の6月25日には2ndシングル「Deadly Drive」(ワーナー・パイオニア/L-94Y)がそれぞれカットされているが、このうち「風になれるなら」「Deadly Drive」のA面2曲はアルバム収録のものとは異なるシングル・ヴァージョンだった。
今回のリイシューにあたっては、予め私と伊藤銀次氏、そしてワーナーの担当である宮治淳一氏とで話し合い、ワーナー時代に伊藤銀次名義でリリースした音源はコンプリートに収録することとし、アルバム本編に加え前出のシングル・ヴァージョン2曲をボーナス・トラックとして追加し、またジャケットやレーベル面なども含め出来る限りアナログの感触を大切にした作りを目指すこととした。ということで2008年2月20日に発売される『Deadly Drive』は、(1)最新技術を導入した24ビット・デジタル・リマスタリングによる音源を使用 (2)アナログ・ジャケットを出来る限り再現した紙ジャケット仕様 (3)ボーナス・トラック2曲追加収録 (4)伊藤銀次氏立ち会いによるリマスタリング作業の実施 (5)伊藤銀次氏への最新インタヴューを基にした書き下ろしライナーノーツ収録 という仕様になった。
音の匠、菊地功さん(ワーナー・マスタリング)とコンソール
さて肝心なデジタル・リマスタリング作業だが、2007年12月17日、南青山にあるワーナーミュージック・マスタリングで行われた。今回のリマスタリングを担当するエンジニアは、数々の名盤を手がけてきた菊地功氏。ワーナーミュージック・マスタリングのマスタリング部部長を務める、音の職人にして大ヴェテランだ。用意されたマスター・テープは、アルバムA面、B面のリールが各1本ずつ、そしてボーナス・トラックとして使用する7インチ・シングルのオリジナル・マスター2本。どれも1/4インチ(6mm)のアナログ・オープンリールで、30年前のテープではあるが特にアルバム本編の2本は保存状態もかなり良く、音質的にも相当期待できる好状態だった。なおアナログ・テープの場合は、元々製造から30年を経過して再生することなど初めから計算されて作られているわけではないため、ものによっては劣化し磁性体が剥がれたり、また曲と曲との間を繋いでいるテープの接着部分が溶け出し、それがテープを巻くことによって他の部分に付着し磁性体を剥がしてしまったり、場合によってはテープのベース部分も劣化が進み切れてしまったりするなど、思わぬ事態を引き起こすこともある。特に接着部分などの圧着による剥離や、テープ自身の劣化が進んでいる場合には、加熱処理(通称ベイク、または釜入れ、焼きなど)をして状況の改善を図るのだが、今回も特にシングル・ヴァージョンのテープではこの症状が見られたため、加熱処理後にマスタリングの作業を実施した。
最近はデジタル・リマスタリングという呼称も音楽ファンの間では一般化しつつあるが、実際にリマスタリングとはどのような作業を指すのか?意外と分かったつもりで知られていない部分もあるので、ここではまずリマスタリングとは何かをおさらいしておこう。リマスタリングとは、簡単に言ってしまえばオリジナル・マスター・テープ(今回はアナログ・マスター)からCD用のデジタル・フォーマットを作り直し、同時に色々な補正を加える作業を指す。デジタル・リマスタリング時に行う作業としては簡単に言うと…(1)マスター・テープの保存状態/音質の確認と、リペア作業 (2)音圧感の調整 (3)イコライジングによる音像の鮮明化と音質バランスの補正 (4)ノイズの軽減 (5)エコー感などの補正 (6)ボーナス・トラックなどの追加 (7)曲間の長さの設定…などが挙げられるが、これらの作業を経ることによってよりクリアで音圧感のある音が再現されることとなる。しかしこれもマスター・テープの劣化の状態にもよるし、本来あるべき姿へと近づけるための適切なディレクションなどがなければ、全く違った音像の作品になってしまう恐れもあるので、その辺りを踏まえた上での経験やエンジニアのセンスも重要となるのだ。つまり1曲毎に最適な音を検証しながら新たに磨き上げ、それがアルバム全体として違和感なく収まるような、そんな方向性をエンジニアとディレクター、そしてアーティスト本人がスタンスを合わせながら、最新の機材と共に作り上げていくのが、理想的なリマスター作品なのである。
音を聞き込む伊藤銀次さんとなお今回のリマスタリングにあたっては24ビットの最新デジタル機器を使用し、伊藤銀次氏立ち会いのもと、作業を進めていった。まずエンジニアの菊地功氏が事前にマスターの状態をチェックし、1/4インチ(6mm)のアナログ・オープンリールを再生、同時に様々な手を加えていく。通常は簡単に言ってしまえばコンプレッサーをかけて音のレベルの均一化を図ったり、さらに帯域別にEQを施し、レベル的に弱い部分を持ち上げるなどといった作業を行うことが多いが、どんな機材を用いるか、またどういった部分に重きを置いて作業をするかなどは個々のエンジニアによって異なり、いわば企業秘密の部分でもある。以前は再発と言えば、聴感上のレベルを上げ、同時にコンプレッサーをかけて音圧感を前面に出す、というのがマスタリングの方向性の主流だった時期もあったが、最近は逆にアナログ・レコード的な感触をいかにしてデジタルで再現するか、といった方向へと変わってきている。音圧感ももちろん大事だが、同時に繊細さや空気感も大事にするという、本物志向へと移ってきた感があるのだ。マスタリングにおいてもこういった志向の流れ(流行)があることを覚えておいて頂きたい。そのため、過去リリースされたものとの比較・検討も大事な行程の1つとなる。実際に今回は、2001年にリリースされた『Deadly Drive』のCD(AMCM-4524)と、オリジナル・マスター、そしてリマスタリング処理後の音源を聴き比べながらの作業となった。1曲目の「風になれるなら」に関しては、幾分前回のCDでは高域を強調した音の作りになっており、今回は他の曲とのバランスも考えた上で、無理のない程度に高域を出し、同時に中域の特にストリングスやコーラスなどの再現度もアップさせるような作業を施した。アルバム自体は全編に渡って低域はかなり出ており(これは元ハックル・バックの田中章弘氏のベース、そして元ココナツ・バンク~シュガー・ベイブの上原裕氏によるドラムスという、強力なリズム隊の演奏によるところも大きい)、これを生かしながら無理なくヴォーカルやストリングス、ギター、コーラスなどをバランス良く再現する、というのが今回の最大の課題だったように思う。このアルバムは曲調がまちまちで、メロウな「風になれるなら」に続いてはレゲエ調のリズムが特徴的な「I'm Telling You Now(好きなんだ)」が、そしてグルーヴィーなインスト曲「Deadly Drive」、再びメロウなバラード「こぬか雨」(ここまでがオリジナル・アナログ盤のA面)、続いてファンキーな「King Kong」、ラテン・パーカッションを多用したマイナー・チューンの「あの時はどしゃぶり」、ホーン・セクションを前面に出したファンキーなインスト・ナンバー「Sweet Daddy」、そして本編最後を飾るブルース「Hobo's Lullaby」といった具合にまさに五目味なアルバムのため、それぞれの曲に合った手法でのマスタリングが行われた。この辺りは特にエンジニアである菊地功氏の経験とセンスが大切な要因となり、その結果素晴らしい音に仕上がった。またボーナス・トラックの2曲については初CD化だったが、特に劣化していた「Deadly Drive(Single Version)」のテープも無事再生することが出来、アルバム本編に収録のものとはまた違ったシングル・ヴァージョンがダイナミックに甦ったのを楽しみながら、無事マスタリング作業は終了となった。
30年前に完成をみたなお過去に一度でもCD化されている場合は、当然その際にデジタル・マスターが作られているので、新たにリマスタリングする場合はそのデジタル・マスターから起こすのか、それともオリジナルのマスター・テープ(今回の場合は1977年の1/4インチ・アナログ・オープンリール)から起こすのか、その見極めがまず必要となる。特に一度でもCDで再発されている作品の場合は、何らかの手を加えリマスタリングしている場合がほとんどなので、オリジナル盤の感触を大事にするのであれば出来ればオリジナルのマスター・テープから起こすのが賢明と言える。しかしながら先にも触れたテープ劣化などによってオリジナル・マスター・テープが使用できない場合もあるため、どのマスターを使用するかといった判断も重要となる。
今回のリマスターは、約5時間をかけ丹念に行われた。その間、音を聴きながら当時の思い出話やレコーディングの様子、さらに参加メンバーについての話に花が咲いたり、また「風になれるなら」のアルバム・ヴァージョンとシングル・ヴァージョンの違いについて新たな発見があったりと、我々にとっても有意義なひとときとなった。最新・最高の技術で甦った名盤『Deadly Drive』、是非ご期待頂きたい。
発売日: 2008/02/20