
インタビュー:宮治淳一
<前編> <後編>

宮治淳一:今回の『ワーナー名盤50選 SHM-CD』ですが、音がとにかく素晴らしいと、各方面から絶賛の声が届いております。ヤング・ラスカルズの『グルーヴィン』なんて、山下達郎さんから賛辞を頂きました。「今まで、何十回と聴いてきたけど、CDフォーマットではこれが最高の音だ!」と。昨年最後の達郎さんのラジオ・プログラム『サンデー・ソング・ブック』でこの件で熱弁をふるわれ「グルーヴィン」がオンエアされたところ、放送翌日のアマゾン洋楽デイリー・チャートでこの『グルーヴィン』がいきなり5位に。耳の肥えたリスナーの方々も今回のリマスタリングの仕上がりの良さにすぐさま反応されたみたいですね。
菊地功:嬉しいお話ですね。ありがとうございます。
宮治:『グルーヴィン』は1967年のリリースなので、マスター自体が40年以上前のものですよね。そもそも4~50年も前のマスター音源って使えるものなんですか?
菊地:ちゃんと保管されていれば概ね大丈夫です。重要なのは、温度、湿度が一定であること。だから、倉庫とかがちょうどいいんですよ。だいたい、気温21度、湿度40%あたりがべストでしょうか。それと、テープ自体の良し悪しにも影響されますね。例えば、1980年代のマスターって、テープ自体の経年劣化が激しいものが多い。逆に60年代、70年代ものの方が、状態が良かったりするんです。磁性体とかテープそのものの素材が違うことが原因みたいですけどね。今回の『グルーヴィン』に関しては、40年前に本国から日本に送られてきたサブ・マスターをもとに作り上げました。状態はとても良かったです。それこそ80年代のテープとかよりも全然いい。
宮治:かつて日本グラモフォンが所有していたマスターですね。山下達郎さんもそのあたり、非常に驚かれていました。
菊地:ただ、マスターの状態が良いことだけがすべてではないんですよ。そこから現在のテクノロジーを駆使して、当時のミュージシャンが目指していた音を最高の状態で作り上げていくわけです。職人の世界ですよね。で、そこで何が重要になってくるかというと、結局、耳なんですよ。やはり人間なんですよね。機械ではなくって、耳が頼りなんです。
宮治:デジタルの時代こそ、アナログの大切さが際立ってきますね。

菊地:当時のアーティストたちは、その何年か後に訪れるCD/デジタルの時代を想定して音を作ってはいないわけですし、これほどまでにテクノロジーが発達するとは思っていなかったでしょう。だから、彼らが、このぐらいの感じで聴こえていたんだろうなって思う音を、最新の技術で再現してあげることが僕の役目。実際のレコーディングにおいても、機材が万全でない場合が多々あったと思うんです。例えば、低音が過剰にボウボウ鳴ってたら「あぁ、低音に強くないスピーカーで聴きながらマスタリングしたんだな。だから、こんなにレベル上げちゃったんだろう」とか(笑)。だから、それを正常な状態にしてあげるというね。決して派手にはいじってないんですよ。
宮治:そもそもラスカルズのCD音源って音がそれほど良くなかったんですよね。最初、CD化されたときの『グルーヴィン』を聴いてガッカリしましたもんです。おそらく、オリジナル・マスターをそのまま、なんの手も加えずにCD化したんでしょうね。曲がいいだけに、音の微妙さが余計気になる。でも、今回のSHM-CDで、そのイメージが払拭されましたよ。私の好きなミッド・ロウ(中低音)がよく出てるんです。いわゆる、コシがあるってやつ。今回の音は、本当に理想に近いですね。今回のSHM-CDシリーズにおいて多かった意見が「昔、アナログで聴いた音がする」でした。だから、極めてナチュラルな音なんですよね。
菊地:そのナチュラルさを目指してやっています。ただ、早い話、何の処理もせずにそのまま出すという選択肢もあるんですよ。何年か前の再発もののスタンダードはそれだったわけです。そのまま何の手も施さず、品番を替えただけというね。
宮治:愛情を込めながら、手を加えることが大切なんですね。実はこの『グルーヴィン』、ライナーノーツも替えているんですよ。最初にCD化された20何年前とは、音楽を取り巻く環境もアーティスト自体への評価も変わってますから。2008年における評価をちゃんとしたいなと。
菊地:宮治さんと、よく「今回は“松竹梅”どれで行きます?」って話しますよね。松は、ウンと派手でカッコいい音。竹はミュージシャンの志向性を大いに尊重して、ちょっとだけ良くなった感じ。梅については、手は施すんだけどほぼそのまま。で、僕が目指す世界ってのは完全に“竹”なんですよね。「アレ?よくよく聴くとちょっとヒス・ノイズが小さいぞ」とか、「だけど抜けはいいな」みたいな状態。やろうと思えば、いくらでも“松”にできるんですけどね。ただ、それは本来その音楽が持ってるものでない可能性があるわけですよ。だから、あくまでもナチュラルにね。そこがリマスタリングのもっとも楽しいところであり、怖いところでもありますね。