
インタビュー:宮治淳一
<前編> <後編>
菊地功:20年以上前の話ですが、当時、僕が手掛けていた中村あゆみのレコーディングでLAのとあるスタジオに行ったんですね。で、その期間、たまたま隣の部屋でリトル・フィートが録ってたんですよ。こんなチャンスめったにないと思って、僕らを担当してくれていた現地のエンジニアに、ダメもとで「リトル・フィートのレコーディング風景を見学したい」って伝えたんですよ。そしたら頼もしいことに「入れるように話つけてやるよと」と。彼らの責任者に掛け合ってくれたところ、2つ返事でOKが出たんです。嬉しいことにヘッドフォンまで用意してくれてね。リトル・フィートが目の前で演奏してる音を直でヘッドフォンで聴けるなんてね、スゴいことですよ。
宮治淳一:鳥肌モノの体験ですよね。
菊地:そこで驚いたのは、彼らって、各楽器の周りに、囲みとかブースとか立ててなかったんです。普通、音が混ざっちゃうので、ブースに囲まれた状態でレコーディングしますが、何の仕切りもないんです。で、リトル・フィートって体育館で収録したような感じの音がしますよね。彼ら特有のアノ何ともあったかいアンビエンス(雰囲気)は、こうして生まれるんだなと、その風景を見て、深く納得したわけですよ。
宮治:なるほど。
菊地:我々、毎回、音そのものと向き合っているわけで、海外大物のアーティストの収録現場を目の当たりにすることってそれほどないんですよ。それはエンジニア冥利につきますよね。スタジオの隅に行って、リトル・フィートの演奏全体を俯瞰しながら聴いたんですね。「あ、ドラムって本当はこんな音してるんだ」とか、特に西海岸って空気が乾燥しているから、楽器の鳴りそのものが良いって言われますよね。あと「ビル・ペイン(p)って想像通り、気難しそうな人だな」とかね。そんなこんなでいっこいっこが感動的なわけです。今回、リトル・フィートの『ディキシー・チキン』をリマスターする際も、その体験が非常に役に立ちましたね。あの光景を思い出しながら、作業していきましたね。だからこれも自信作なんです。
宮治:実際、生で体験された、リトル・フィートならではレコーディングの妙がダイレクトに反映されているわけですよね。どうりで、素晴らしい出来なわけだ。
菊地:もともと彼らの大ファンというのもあり、気合入りましたね。そういう意味では、トム・ウェイツ『クロージング・タイム』もかなりの自信作。聴く人が聴けば、その違いはわかってもらえるはず。
宮治:ついつい漫然と聴いてしまいがちですが、同シリーズには、こういう体験や努力や汗が隠されているわけですね。ゆえに多くの音楽ファンに評価してほしいですよね。
菊地:普通に聴いてもらいつつも、少しだけ違いに気付いてもらえれば本望ですね。「あれなんか違うぞ」と。
宮治:一流のプロ野球選手が日々の鍛錬のあとを、決して表に出さないのと同じ感覚でしょうか(笑)。『ワーナー名盤50選 SHM-CD』をきっかけにいろんな人がリマスタリングの奥深さというか、楽しみに触れてもらえると嬉しいですね。
菊地:分かってる人に会うとエンジニアとしては感激しますね。2008年にリリースされたディーヴォのボックス・セット『This Is The Devo Box』は僕が手掛けたんですね。クレジットに“Digitally Remastered by Isao Kikuchi”と僕の名前が載ってたんですよ。で、ディーヴォから大きな影響を受けた日本のバンドでポリシックスって4人組いるじゃないですか。彼ら、そのクレジットを見て、自分たちのベスト盤のリマスターを指名で依頼してくれたんですよ。ディーヴォでの仕事ぶりを評価してくれたみたいで、あれは嬉しかったですね。
宮治:それはいい話ですねぇ。やはり、熱心なリスナーはちゃんとそのあたりも分かって聴いてるんですね。ありがたいことです。