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FACTORY RECORDS Communications 1978-92特集

DISC 4

1. NEW ORDER 「Fine Time」

NEW ORDER 「Fine Time」

1988年、5枚目のアルバム『Technique』(Fact275)のレコーディングに4ヶ月を費やしたニュー・オーダー。半分は(スペインのリゾート地)イビサ島で、残りの半分はバースにあるリアル・ワールド・スタジオで制作が行なわれた。ロブ・グレットンはこの中から、パンチのきいた斬新なディスコ・ナンバー「Fine Time」をリード・シングルに選出。バンドは12月にUKチャートで最高11位という栄誉を得ることとなる。ちなみにその前月には、音楽番組『Top of the Pops』に出演し、同曲を演奏。サムナーがハッピー・マンデーズのベズから盗んだと思しきヒッピー風のダンスを披露して話題を集めた。ウィルソンはその様子をこう語っている。「バーニーはトータル3分の間、まさにベズと全く同じダンスをしていたんだ。マンデーズのことを知っているマンチェスターの3000人の人たちは、その3分の間、バーニーがベズに見えただろうね。でも(イギリス)国内の残りの人たちは、ただ単に『おやおや、バーニーが珍奇なダンスをしているぞ』と思っただろうよ。ともあれ、それはイギリスにおけるアシッド・ハウスの最初の一端だったと言えるだろうね」


2. HAPPY MONDAYS「W.F.L. (Think About The Future)」

HAPPY MONDAYS「W.F.L. (Think About The Future)」

ハッピー・マンデーズの2ndアルバム『Bummed』は、他ならぬマーティン・ハネットがプロデュースを担当。それは彼にとって、ファクトリーでの6年間における最初の仕事だった。このアイデアを持ち掛けたのは、アラン・エラスムスと新しいマネジャーのネイサン・マッゴウだ。「正直に言うと、自分よりも酔っぱらっていたプロデューサーと仕事をしたのは、その1度切りさ」とショーン・ライダーは漏らしているが、バンドとハネットとの組み合わせはうまく機能した。マンデーズは遅まきながらようやく1つの形となったのだ。ハネットはジョン・サヴェージに「ヤツらは何かが違うんだ。アイツらの音楽は、直線的というよりも、調和したときにこそ面白みが発揮される。それは、ヤツらの持ってるまっすぐで純粋なグルーヴに裏打ちされているんだ。俺はそれをすごく楽しんでいる。アイツら、ステージに上がってものの30秒で、そのグルーヴに突入しやがる。ウォール・オブ・サウンドの商人にとっては、完ぺきなチャンスだね」と語ったとか。このアルバム『Bummed』(Fact220)は、1988年11月にチャートの59位にランクイン。しかし実際にブレイクしたのはその1年後、「Wrote For Luck」がロンドンのクラブDJ、ポール・オークンフォルドによってリミックスされた後のことだった。ビートのきいたこのダンスフロア・アンセム「W.F.L」について、ウィルソンはこう語る。「催眠術にかけられ、揺さぶられ、首の皮を穏やかに絞めつけられるような感じだ。それでもアンセムとして認知されてるわけだけどね」


3. REVENGE 「Seven Reasons」

REVENGE 「Seven Reasons」

『Technique』のリリース後、ニュー・オーダーのメンバー4人は、別の冒険を求めてそれぞれ離れて過ごすことに。そんな中、ピーター・フックは1989年から1992年の間、エレクトロとハード・ロックを混合したユニット、リベンジを率いて活動した。ソロ・プロジェクトにするよりも、むしろ正規のバンドにすることを当初から意図してしたフック。まず加わったのは、クリス・ジョーンズとデイヴ・ヒックス。続いてデヴィッド・ポッツも加入。ポッツはその5年後、フックが別ユニットのモナコを結成した際にも、メンバーとして留まった。モナコは1997年、トップ10入りのヒットとなったアルバムとシングルをリリース。ある意味、リベンジはこのモナコへの“助走”とも見て取れるだろう。フックは当時を振り返り、こう語っている。「ニュー・オーダーが少しオフを取るってなった時、俺はあまりいい気分じゃなかった。俺はツアーをしているのが楽しかったんだ。リベンジはいわば反抗みたいなものかな。『ようし、ニュー・オーダーとは違うサウンドで何かやってやろう』って思ったんだ」。リベンジのアルバム『One True Passion』(Fact230)は、1990年6月にリリースされた。その大半は、当時“カーゴ”と呼ばれていた、フックが共同オーナーを務めるロッチデールのスタジオ、Suite16で録音されている。


4. HAPPY MONDAYS 「Hallelujah (Club Mix)」

HAPPY MONDAYS 「Hallelujah (Club Mix)」

同曲は、歴史的名盤『Madchester Rave On EP』収録曲の、ポール・オークンフォルドとアンドリュー・ウェザオールによるリミックス・バージョン。「W.F.L」効果でじわじわと盛り上がりを見せていた彼らの人気を一気に決定づける1曲となった。1989年11月23日には、音楽番組『Top of the Pops』にストーン・ローゼズと共に出演。いとも鮮やかに、メインストリームに“マッドチェスター”現象を一気に広める結果に。ショーン・ライダーはこう語る。「マンデーズがレイヴを発明したって? 多くのヤツらが同時期に何かに夢中になることってあるだろ? そんなことより、エクスタシーをキめてスイミングプールでパーティーをすることのが大事だったね。俺たちが何かを“発明”しただなんて、俺は思っちゃいないよ」


5. ELECTRONIC「Getting Away With It」

ELECTRONIC「Getting Away With It」

バーナード・サムナーとザ・スミスのギタリストのジョニー・マーが初めてコラボしたのは、1984年、クアンド・クアンゴのシングル「Atom Rock」でのことだった。それ以前にも、実はトニー・ウィルソンがマーに対し、セクション25に加わってほしいとオファーしたこともある。1989年夏の長期アメリカ・ツアーの後、ニュー・オーダーは解散の危機に直面していた。「俺がスティック持参で出向いてちょっくら演奏しようか、それともジョニーとつるんで刺激でももらってこようか?って感じだったんだ」とサムナー。「まったくちょろいもんだったよ、本当にね」。一方のマーもこう語る。「ザ・スミスにいる時は、まるであのノスタルジックなモノクロのドラマ『Coronation Street(1960年から続くイギリスの長寿ドラマ)』のような場所で、自分が立ち往生しているような気がしていたんだ。仲間たちはみんな地元のアシッド・ハウスのシーンに転向していて、僕にとってはエレクトロニックがそこへの通り道だったってわけ。新しいものの一部になれるってことは、すごくいい気分だったね」。この「Getting Away With It」は、彼らにとって初のシングル。制作はペットショップ・ボーイズのニール・テナントと共同で行なっており、UKチャートの12位にランクした。続いて1990年には、シンプルにユニット名を冠したデビュー・アルバム『Electronic』を発表。しかし、当初ファクトリーからリリースされたUK盤(Fact290)には、この完ぺきとも言える珠玉のポップ・ナンバーが未収録となっている。


6. HAPPY MONDAYS「Step On」

HAPPY MONDAYS「Step On」

「Step On」はもともと、南アフリカ生まれのアーティスト、ジョン・コンゴスが「He’s Gonna Step On You Again」というタイトルでレコーディングし、1971年にイギリスでヒットしたナンバー。アメリカのエレクトラと契約を交わしたマンデーズは、同レーベルの依頼を受け、40周年記念アルバム『Rubaiyat』用に同曲のカバーをレコーディング。この作品に「Step On」と新たなタイトルを付けたものの、ニッチなコンピレーションに埋もれさせるにはあまりにも出来が良すぎると判断。バンドは代わりにコンゴスの別の曲(「Tokoloshe Man」)をレコーディングし、「Step On」をシングルとしてリリースした。同曲はイギリスではチャートの5位に、アメリカでは57位にランクイン。NME誌は「このような作品は、最高のセックスが今もなおアナログに存在するという純然たる楽しみを我々に保証してくれる」と記している。


7. NORTHSIDE「Shall We Take A Trip」

NORTHSIDE「Shall We Take A Trip」

1989年初めにノース・マンチェスターで結成されたノースサイド。その年末にはハシエンダで演奏するようになり、フリー・トレード・ホールではマンデーズのサポート・アクトも務めた。ファクトリーはこの若手バンドに多額の資金を投下。デビュー・シングル「Shall We Take a Trip」はイアン・ブロウディー(ライトニング・シーズ)をプロデューサーに迎えてレコーディングが行なわれた。しかし、オープニングからいきなり「L-S-D」で始まるなど、ドラッグに言及したナンバーであったため、すぐさま日中のラジオ放送とハイストリートのいくつかのショップから締め出しをくらう羽目に。それでもマッドチェスター・ブームに乗り、シングルは50位までアップし、その後、1990年を通してロングヒットとなった。また、バンドは海外にも送り込まれ、ヨーロッパや日本、アメリカでギグを敢行。ヴォーカルのウォーレン“ダーモ”ダーモディは当時をこう振り返る。「最高だったよ。続いている間はね。まるで宇宙の真ん中にいるような気分だった。ブラックレイのアパートで、みんなでサイダーを飲んでマリファナを吸っていたと思ったら、次の瞬間には東京のヘリポートでシャンパンを飲んでダンスしてるわけだからさ」


8. NEW ORDER「World In Motion」

NEW ORDER「World In Motion」

1990年、社会的マイノリティとも言えるニュー・オーダーが、英サッカー協会(FA)によって、イングランドのワールドカップ・オフィシャル・ソング担当に選ばれたのは、まさに驚きだった。とはいえFAは、悪ノリ気味のオリジナル・タイトル「E For England」は却下したが。以下、サムナーの弁。「俺たちは『Wold In Motion』をレコーディングしたよ。まさかそんなことを自分たちがやることになるとは、まったく予想もしていなかったんだ。でも俺たちは、軽視されている音楽ジャンルに、何か社会的地位をもたらしたいと思っていたんだ」。俳優/コメディアンのキース・アレンと共同で書き下ろした同シングルには、ピーター・バスリーやポール・ガスコイン、クリス・ワドル、デス・ウォーカー、クレイグ・ジョンストン、ブライアン・ロブソン、スティーブ・マクマホン、そしてストライカーのジョン・バーンズのラップに至るまで、イングランド・チームの数々のメンバーのヴォーカルがフィーチャーされている。そして良くも悪くも、今なおニュー・オーダーがイギリスで首位を獲得した唯一のシングルとなっている。その後3年近く、彼らのリリースは途絶えることとなる。


9. HAPPY MONDAYS 「Kinky Afro」

HAPPY MONDAYS 「Kinky Afro」

傑作3rdアルバム『Pills ‘n’ Thrills and Bellyaches』(Fact320)からの2枚目のリカット・シングルとなったこの「Kinky Afro」は、父なるものの喜びを探究したナンバー。サビの部分には、アメリカのソウル/R&Bグループ、Labelleのディスコ・クラシック「Lady Marmalade」からの引用を用いている。同曲で、マンデーズはUKシングル・チャートで2度目となるトップ5を記録。アメリカでもキャリア史上最大のヒットとなった。2000年、『Q magazine』誌が行なった「史上最高のブリティッシュ・アルバム100」特集では、彼らのアルバム『Pills 'n' Thrills and Bellyaches』が31位にランクイン。また、2005年には、同アルバムがチャンネル4の視聴者によって「史上最高のアルバム」の51位に選ばれた。しかし、ショーン・ライダーの言い分はこうだ。「マンデーズが音楽史に名をとどめると思うかって? そんなの知ったこっちゃねえよ!」


10. THE DURUTTI COLUMN 「Home」

THE DURUTTI COLUMN 「Home」

ザ・ドゥルッティ・コラムの8枚目のスタジオ・アルバムからのナンバー。主にヴィニ・ライリー1人でレコーディングが行なわれた。彼はこの曲で、ギター(および他の機材)同様、エレクトロニックでもその器用さを実演してみせた。ジャケットは、当時ドゥルッティのお気に入りだった8voがデザインを手掛けている。以下、ライリーの弁。「音楽1つとっても、フィジカル(肉体)、インテレクチャル(知性)、そしてエモーショナル(感情)といった、3つの基本的な反応がある。僕はそれらを自分の作品に組み込もうと試みた。と同時に、斬新で実験的な作品にしようとしたんだ。その試みが成功しているかどうかは、僕にはわからないけどね。多くの場合、僕が量産しているものはゴミだと思ってる。でも時折、妙なひらめきがあったりするんだよね。何となく使えるんじゃないかっていう。偶然に、でも結構な確率でさ。だから、そのことでかなり落ち込んだりもするんだ。はたしてそのひらめきがいいのか悪いのか、自分では知るよしもないわけだからさ」


11. ELECTRONIC 「Get The Message (DNA Remix)」

ELECTRONIC 「Get The Message (DNA Remix)」

エレクトロニックが2枚目のキラー・シングルを世に送り出すまでには1年かかった。このシングルには、イギリスのリミックスデュオ、DNAによるリミックスも収録されている。サムナーはこう語る。「新しいタイプのグループを作ろうと考えたんだ。メンバー2人はとどまって、ほか1人ないし2人のメンバーが変わる。そうすることで、アルバムごとに違ったケミストリーが得られるってわけさ」。同シングルではDNAという異分子を迎え、さらには元フィフティーセカンド・ストリートのヴォーカル、デニス・ジョンソンをバック・ヴォーカルにフィーチャーし、チャートで最高7位という目覚ましい結果を残すことに。続く1996年のアルバム『Raise The Pressure』は、元クラフトワークのメンバー、カール・バルトスを迎えてレコーディングが行なわれた。なお、DNAのメンバーのニック・バットはその後、ゴールドフラップと数多くの仕事をしている。


12. NORTHSIDE 「Take 5」

NORTHSIDE 「Take 5」

ノースサイドの3rdシングル。リーズのElland Road Stadiumで行なわれた、マンデーズやザ・ファーム、ザ・ラーズとの特大公演に合わせてリリースされたものの、バーコードのエラーにより、このシングル「Take 5」はチャートの41位という残念な結果に終わった。にもかかわらず、バンドは音楽番組『Top of the Pops』に招かれて出演を果たし、翌月にはデビュー・アルバム『Chicken Rhythms』(Fact 310)をリリース。マンデーズ同様、彼らの作品もCentral Station Designによって装飾が施された。またマンデーズ同様、彼らも1992年のファクトリーの破たんを乗り越えることはできなかった。ダーモ(ヴォーカルのウォーレン“ダーモ”ダーモディ)は「俺たちはまだあまりにも若く、本当の可能性をまっとうさせるチャンスが得られなかったんだ」と振り返る。事実、ここにもストックホルム・モンスターズがいたというわけだ。


13. CATH CARROLL 「Moves Like You (Remix)」

CATH CARROLL 「Moves Like You (Remix)」

元ミャオの女性ヴォーカル、キャス・キャロルがソロ・アルバムの制作に着手したのは、1988年のこと。その後1年にわたり、シェフィールドやサンパウロ、ロンドン、そしてシカゴにてレコーディングが行なわれた。アルバムのタイトル『England Made Me』は、グラハム・グリーンの小説にヒントを得たもの。楽曲の多くはChakkのSim Listerと共同で書き下ろしている。同アルバム(Fact210)は1991年6月、ようやく日の目を見ることに。ムーディーなダンス・ナンバーとボサノバで構成されたアルバムの中でも、特に印象的なのは、この2ndシングル「Moves Like You」。ここではマーティン・フィリップスによるリミックス・バージョンでの登場となっている。なお、1992年11月にファクトリーが破産した際には、キャロルのプロジェクト(ロバート・メイプルソープとのフォト・セッションなど)の関連経費がレーベル崩壊の要因として挙げられた。しかし実際には、その高額な経費も、ファクトリーの数ある財務上の失敗の1つに過ぎなかったわけだが。


14. THE OTHER TWO「Tasty Fish」

THE OTHER TWO「Tasty Fish」

エレクトロニックとリベンジに続いて、ニュー・オーダーから派生したソロ・プロジェクト、ジ・アザー・トゥー。“残りの2人”ことスティーヴン・モリスとジリアン・ギルバートによる、過小評価されがちなこのユニットだが、ACRのジェズ・カーと共同で書き下ろしたこのシングル「Tasty Fish」は41位にランクインした。「かなり本音で言わせてもらうけど、これまでのニュー・オーダーの全作品の中でも、これは屈指の1枚だと思うよ」と、ディスコグラファーのデイヴ・トンプソンは断言する。「もしバンドの名義でリリースされていたとしても、やっぱりバンドの最高傑作の1つってことになってたと思う。ジリアンのヴォーカルが非常に荘厳だし、その背後に広がるエレクトロニックには、情け容赦ないほど引きつけられるものがある。ニュー・オーダーの真骨頂とも言える革新性を一手に引き受けたようなナンバーだね」。しかし、ファクトリーの財政難の悪化から、同曲を収録した傑作アルバム『The Other Two And You』(Fact330)のリリースは、1993年までずれ込むことに。そしてついに、ロンドン(レーベル)でのお目見えとなる。一方、モリスはシングルについて、こんなエピソードを打ち明けている。「この“Tasty Fish”っていうのは、ストックポートのグランド・セントラル・レジャー・パークのA6道路沿いに今も昔もある、フィッシュ・アンド・チップスの店の名前なんだ。この店にはブルー・プラーク(過去の著名人が特定の建物に居住、あるいはそこで活動していたことを示すために、その建物の外壁などにはめ込まれている青色のプレートのこと)を掲げるべきだよね? かなり意図的かつ無理やり付けたわけだからさ。だってこのタイトル、歌詞のどこにも出てこないんだぜ」


15. HAPPY MONDAYS 「Sunshine and Love (Lionrock Remix)」

HAPPY MONDAYS 「Sunshine and Love (Lionrock Remix)」

年代順に言うと、このシングルはファクトリーの通常のリリースものとしては最後の作品となった。以下、ウィルソンの弁。「ファクトリーは破産に向かっていた。すべてが崩れかけていたんだ。そんな状態でも、俺はマンデーズがレコーディングしたこのシングル『Sunshine and Love』をすごく気に入っていた。事態が好転するなんて思っちゃいなかったが、それでもとにかくリリースしたいと思ったんだ。だからそのプロモーション・ビデオを作るために、あっちで200ポンド、こっちから200ポンドといった感じで、カネを借りたのさ。全部でかなりの額になったな。それから、仲間を集めてカメラも調達したよ。そんなときでも、ショーン・ライダーはベッドから起きてこようとはしなかったけどね」。そして11月末には、ファクトリー・コミュニケーションズ・リミテッドは推定200万ポンド以上の負債を抱え、財産管理を受けることになる。


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商品情報:
FACTORY RECORDS Communications 1978-92
品番 : 2564-69379

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