
小粋で味わい深い、名音楽バーを巡る大好評企画『Mr. グッド・バーを探して』。第3回目は、神奈川県川崎市の「Tears Drop」にお邪魔しました。オーナーの竹宇治理夫さんが定年退職後の2009年5月にオープンした同店は、50年代後半から80年代までの洋楽ポップス/ロックを中心とした選曲と美味しいお酒が楽しめる本格派音楽バー。開店にあたってのいきさつやバー運営の醍醐味、アナログ・レコードへのコダワリなどなど、グッド・バーならではの興味深いお話数々を伺いました。
聴き手:宮治淳一(ワーナーミュージック・ライフ編集長)

宮治淳一: このお店を始められたのはいつですか?
竹宇治理夫: 2009年の5月14日からです。それまでは普通のサラリーマンでしたから、もうまったくのド素人での船出でした。
宮治: こういうお店をやるのが夢だったと。
竹宇治: そうですね。2008年12月に定年退職したんですが、学生のころから「こういうお店をやってみたいな」というのがありました。
宮治: 学生のころといったらそれこそ、何十年も前から描いていた計画なんですね。
竹宇治: 当初は漠然とですけどね。学生時代に、渋谷のジャズ喫茶とかロック喫茶みたいなところに足繁く通ってまして、JBLのデカいスピーカーからガンガン、会話ができないくらいの音を聴きながら「ああ、いい音だなぁ~。でも、ちょっと音がデカすぎるかな」ってね。それで――ゆっくりと自分の好きなお酒を楽しみながら、好きな音楽を聴いて、1人で来たときも気楽に本が読める――「そんなバーがあったらいいな~」っていうのが学生時代にぼんやり思ってたことです。
宮治: そういう場所がほしいっていうことを、お客さんとしてではなくて、店のオーナーとして実現したわけですね。では、竹宇治さんご自身の最初の音楽体験をお聞かせください。
竹宇治: 今思えばなんですが、環境的には恵まれていたのかなと。父親がクラシック大好きだったんですよ。物心ついたときからクラシックが流れていましたね。あと、母親が、趣味でお琴をやってましてね。夕方にお琴の音色が聞こえると、「あ、お袋がいる」みたいな嬉しくなる感覚。そういう家庭環境でしたね。
宮治: 洋楽にのめり込むようになるきっかけは何だったんですか?
竹宇治: 僕は末っ子なんですが、ほぼ10歳離れた兄がおりまして、兄貴の影響が大きかったですね。京都の大学に行ってまして、19歳の最初の夏休みの帰省の際、ハワイアンを持ってきたんです。なぜかウクレレも持参でね。ハワイアンのレコードを聴きながらウクレレを弾くんですよ。その後に持ってきたのが、カントリー&ウエスタン。で、次に持ってきたのが、エルヴィス・プレスリーだったんです。それまでは、父親のそばでクラシックばかり聴いていたんですが、プレスリーを聴いたときに、「今までと違うぞ!」って感じましたね。それで「プレスリーって何?」って兄貴に聞いたら、「お前プレスリーも知らないのかよ」って。そりゃね、9歳、10歳で知るワケないですよね(笑)。それからラジオを聴きだしまして、当時、1週間に3つくらいベストテン番組みたいなものがあって、そこで、ビーチ・ボーイズやイギリスのクリフ・リチャード、そのバックバンドのシャドウズとかに出会うワケです。あの当時はラジオを聴きっぱなしでしたね。ただ、もう父親がとにかく厳しかったんで……。
宮治: そういう音楽を聴いちゃダメだってことですか。
竹宇治: はい。枕元にラジオを置いて最小の音で聴きながら、ずっとそういう音楽を聴いていたんです。
宮治: 聴くだけでも、大変でしたね(笑)。
竹宇治: でも、当時はどの家も皆そうだったんじゃないかなって僕は思いますよ。だって、あの当時、「ビートルズ=不良」でしたからね。
宮治: 要するにエレキはダメだったわけでしょう。
竹宇治: 今でも覚えているんですけど、テレビで『エド・サリヴァン・ショー』にビートルズが出るっていうとき、どうしても観たかったから、父に「お願いだから見せてください」って土下座したの(笑)。
宮治: あの当時、テレビは一家に1台でしたからね。
竹宇治: 父親はもっぱら野球中継ですからね(笑)。でも土下座の結局、観ることができましたよ。
宮治: そういう厳格な家庭に育ちながらも、実はロックやポップスが大好きで、そのギャップに悩んでいたんですね。自由に聴けるようになったのはいつごろですか?
竹宇治: 自由に本格的に聴きだしたのは、大学に入ってからですかね。
宮治: そのころはもう、勝手に聴けという。
竹宇治: そのときはさすがに、父親は何も言いませんでした。
宮治: その後、就職され、仕事に邁進していくと。
竹宇治: 父親がサラリーマンで、長男も次男もそう。僕はどちらかというと、会社員には向いていないかなと思っていたんですけど、そういうサラリーマン一家だったからか、気付いたら僕も同じく会社員になってました。ただ、僕は料理も大好きなので、もっと自由な家庭だったら、そっちの方面に行っていたかもしれないなとも思います。

宮治: 会社員を40年あまりしっかり勤めあげられた後、いよいよお店の実現にこぎつけるわけですが。
竹宇治: ある期間は仕事一辺倒で音楽のことを完全に忘れてましたが、50歳になったときに、「ぼちぼち人生の第一幕終了までカウントダウンだな」と考え始めました。過去をいろいろ思い返していたところ「そうだよな~、ロックバーってやりたかったんだよな~」っていう思いがわき上がってきたんですね。で、最初に始めたのがロックバー巡り。会社近くの銀座でロックバーを調べたら、けっこうあったんですよ。
宮治: 銀座にロックバーがいくつもあるとは意外です。
竹宇治: 銀座中のいろんなロックバーをまわりましたね。参考にしたいところと、納得いかない部分を実地で学んでいったワケです。で、55歳になったときに、方向性が見えてきたんですね。本格的なバーの雰囲気を持ちつつも、流れているのはロック、さらにCDじゃなくてLPをかける――っていうのが僕なりの方向性(笑)。
宮治: LP盤へのコダワリとは?
竹宇治: LPでやると、当然限界があるんですよね。でも、僕らの年代の方から「アナログで聴きたい」っていう強い要望をたくさん聞いていたので、まずはそのニーズを反映したいなと。それで、55歳から着々と計画を練りあげ、妻には定年間際に「こういうのをやりたいんだけど」っていう話をしました。妻の方は「まあ、いいんじゃない」と。どうせ口だけだろうという感覚があったと思うんですけどね(笑)。
宮治: 素晴らしい。ご理解のある奥様ですね。
竹宇治: 口だけで、実際にこんなに早くやるとは思わなかったらしいですが(笑)。で、定年のとき、3社ほどから引き合いもあったんですけれど、とにかく「今までの仕事はもういい。きっぱり辞めよう。人生第2幕。悔いのない人生にしたい。自分の本当にやりたい事を残りの人生でやろう!」と決心しました。妻は冗談かと思ったかもしれませんが「いいんじゃない」って言ったのをきっかけに、2009年の1月からバーテンダースクールにすぐに行って(笑)。
宮治: 修行されたんですか。
竹宇治: バーテンダースクールっていっても、1ヶ月間ですからね。日本バーテンダー協会の会長が先生で、1ヶ月間にカウンターの中の仕事など、バーテンダーの基本を学ぶんです。で、そこに行きはじめたら、妻のほうが逆にあわてちゃって(笑)。
宮治: 「これは本気だな」っていう(笑)。お店を構えられた川崎というのは、なじみのある場所なんですか。
竹宇治: 僕が川崎から会社に通っていたり、妻の実家も川崎ということもあり、土地勘はありましたね。でも、川崎でこういう店が受入れられるのかという不安はものすごくありましたね。
宮治: どうですか? 約半年経って。
竹宇治: おかげさまで、繰り返しご来店くださるお客さんも増え、夫婦2人で食べていける分は何とかって感じですね。
宮治: このブロックというか、レンガを使われた内装もキャバーン・クラブ風で素晴らしいですね。
竹宇治: デザイナーの方とお話して、落ち着いた雰囲気のお店っていうのをリクエストしました。まあ、妻の意見も多いんですけどね(笑)。
宮治: 先ほど「アナログだけしかかけない」という、ひとつのポリシーをお伺いしましたが、扱う音楽ジャンルについての考え方をお聞かせください
竹宇治: この店を始めて本当に思ったのは、ジャズとかブルースを聴く方って、ロックやポップスを若干軽蔑するところがあり、実際にそういうお客様もいらっしゃいます。でも音楽って、最終的に"自分が聴いて心地良ければ、もうそれでいい"と思う。だから、ウチにはABBAもあれば、ベイ・シティ・ローラーズもあるしプログレもあります。いろいろな形のポップスとロックがありますが、それは、全部僕が好きで買ってきたレコードですからね。ベイ・シティの追っかけをやっていたというお客様も、ここに来て彼らの曲をリクエストして、「あの当時はね」って語っていただくのも1つの楽しみ。僕は音楽ってそれでいいんじゃないかと思うんです。

宮治: 音楽って、趣味・嗜好品のカテゴリーの中で最も敷居の低いジャンルだと思うんですね。本の場合だと、専門用語がわからないと、そもそも読めないっていうのはあるじゃないですか。だけど音楽って、単に聴いて好きか嫌いかっていう類のものでしかないと思うんです。最初にいいと思ったか思わなかったかがすべてなんですよね。
竹宇治: 僕の聴き方はそうですね。「あ、これいい」と思ったら買っちゃう(笑)。
宮治: だから、このレコード棚には、竹宇治さんのヒストリーが詰まっているわけですよね。
竹宇治: キザに言えばそうなるのかな~(笑)。
宮治: ここのところ、ご存じの通りCDの売り上げが落ちていまして、その要因はダウンロードで買えるからとは言われてますが、じゃあダウンロードで買っている人が飛躍的に伸びているかっていうと、実はそれほどでもないと。ひょっとすると、音楽を所有する楽しみを、だんだん失っているんじゃないかと。そういう観点から見ると、アナログの30センチの大きさが、今思えばパッケージの魅力っていうのを一番うまく出していてくれたのかなとも思いますね。
竹宇治: お客様もある程度年齢層が高いんですけど、老眼になるとCDの字が読めないというのがね(笑)。やっぱり、LPの30センチの大きさでジャケットを見ながら、その音楽を聴くっていう、1つの姿勢みたいなものをここのお客様が求めているのも事実です。よくジャケット見せてって言われるので、そのまま渡しちゃうんですよ。そうするとジャケットをひっくり返して、ライナーノーツを引っ張り出して、皆さん本当に嬉しそうな顔をするんですね。一曲一曲に青春を感じている、って感じですね。
宮治: 昔の自分が書いた作品を読んだりとか、点数が良くない自分の答案用紙見るような感覚ですよね。良い悪いを通り越して、とにかく懐かしい。何十年という時がとても近くなるというね。いい空間ですよね。リクエストは基本的に受けるんですか。
竹宇治: レコードがあれば受けますね。バーテンダーの経験も浅いんで、お酒を作りながらリクエストを受けるのは大変なんですけど(笑)。よくテレビとかで、「お客様が喜ぶ姿が見たくって」と、ご商売をなさっている方が言っているのをよく見かけますよね。最初は「えー、またまたぁ~」とか思っていたんです。でも実際に、お客さんがリクエストした曲が流れたときの表情を見ると、「かけて良かった」と心から思うんですよね。皆、心から嬉しそうな顔をして、それで必ず「あの当時はなぁ~」って(笑)。それは、この店で絶対に続けていかなければならないことだと思うんです。
宮治: いいですよね。たまたま隣にいた人がいきなり「そう、確かにそんなことあった」ってね。何かをきっかけに話題がバーっと広がるという(笑)。
竹宇治: 60年代、70年代のヒット曲をかけると、ABBAでも、クラプトンでもクィーンでもそうなんですけど、大合唱が始まるときがあるんですよ(笑)。
宮治: やっぱり、そうやって音楽の楽しみが再生産されているんですね。別の方法で。
竹宇治: 大合唱のときはやっぱり、かけて良かったな~と。リクエストしてもらって、その曲のアルバムがあって良かったな~としみじみ思いますね。
宮治: リクエストがないときでも、LP片面をかけるとかではなくて、1曲かけるんですか。
竹宇治: 大体1曲ずつやっています。
宮治: すごいですよね、それって。だって、飲み物を作りながらやっているわけじゃないですか。
竹宇治: 手がまわらないときは「ちょっと待っててね~」って言って。でも、こういうところに来るお客さんは、やっぱり目が肥えていらっしゃるから、僕が素人だっていうのをわかっているんですよね。だから「待ってね」って(笑)。
宮治: そういう意味では、お客さんと竹宇治さんと奥さんが創り上げていく店ですよね。 楽しい空間ですよ。私が最初来たときも、この雰囲気が気に入っちゃって「あ、これは自分の場所だ」ってね。まずアナログが並んでいるだけでも、そう思っちゃうんですよ。
竹宇治: 安心感があるんですよね。レコードと本って、そばに置いておくと安心感があるじゃないですか。
宮治: 別にしょっちゅう聴くわけでもないのにね。あると、何かあるときにすぐ出せるという。ちなみにこの「Tears Drop」という店名の由来は?
竹宇治: 僕自身が考えました。60年代のアメリカン・ポップスの詞の中に、「tear drop」っていう言葉がいっぱい出てくるんですね。で、まず僕と同じような年代の人間に「"Tear drop"ってどう?」って聞いたら、「おう、懐かしい感じがあるね」って。で、もう1つ、これを説明すると演歌の世界になっちゃうんですけど、涙もいろんな種類がある。大好きな音楽を聴いて、その涙が少しでも良い涙になり、ハッピーになってくれればいいなと。だから「Tear drop」なんですけど、「Tear」に(複数形の)「s」をつけていろんな涙の種類という。
宮治: 涙の種類があるわけですよね。"Many kinds of tears"ということですよね。おっしゃられる通り、ちょっとノスタルジーを感じる名前ですよね。今後こういう風にしたいとかいうのはあるんですか。
竹宇治: 世の中が、まずこういう状況ですから、まず1周年を迎えるのが……(笑)。再生産されないレコード盤には限界があるので、最終的にはCDで音楽を流す状況が生まれるでしょう。その時は、アナログとCDの両方で頑張ります。でも、今後のデジタル化の世の中でも「アナログが聞きたい」という方がいらっしゃるかぎり、アナログで頑張って生きたいな。
宮治: ハッピーな空間でリピーターも多そうですね。音楽を聴いてハッピーになる人をどんどん増やしていただきたいです。本日はどうもありがとうございました。
Pops&Rock Bar「Tears Drop」
TEL:044-223-1978
JR川崎駅から徒歩6分/京急川崎駅から徒歩7分
営業時間18:30~25:00
日・祝・祭日、お休みです。
http://www.tearsdrop.net/
「Tears Drop」でプレイされる人気ナンバー例
DOOBIE BROTHERS「Long Train Runnin'」
DEREK & THE DOMINOS「Layla」
EAGLES 「Hotel California」
ERIC CLAPTON 「Wonderful Tonight」
LED ZEPPELIN 「Stairway to Heaven」
QUEEN 「Bohemian Rhapsody」
BEATLES 「Let It Be」
BEE GEES 「Stayin' Alive」
CHASE 「Get It On」
ABBA 「Dancing Queen」
10cc 「I'm Not in Love」
BOB DYLAN 「Blowin' in the Wind」
BOSTON 「Don't Look Back」
CARPENTERS 「This Masquerade」
JOURNEY 「Faithfully」
BILLY JOEL 「Honesty」
GRAND FUNK RAILROAD 「Heartbreaker」
DEEP PURPLE 「Highway Star」
ELTON JOHN 「Your Song」
KISS 「I Was Made for Lovin' You」
PINK FLOYD 「Wish You Were Here」
ROLLING STONES 「Paint It Black」
STEPPENWOLF 「Born to Be Wild」