



イギリスの音楽シーンというと、ブリット・ポップに代表されるようなバンド・サウンドが主流と思う人も多いはず。まして、ジャック・ジョンソンなどのようなサーフ系と呼ばれるサウンドが特徴のアーティストなんているはずがない!と考えている人もいるのでは?しかし、実は英国にもれっきとしたサーフ・ポイントがあるし、音楽に関してもジャックの人気はもちろん、ニュートン・フォークナーというイギリス出身アーティストのアルバムがヒットチャート1位を獲得するなど、しっかりしたコミュニティが存在しているのだ。そんな英国のシーンに新たな波をもたらしそうなアーティストが登場した。その名はナッティ。南アフリカにあるレソト出身の母親と、イタリア系イギリス人の父親のもと生まれた、北ロンドン出身の24歳だ。
幼い頃からギターを弾き始め、10代の頃から友人のラッパーのためにトラックを制作。学校を卒業してからはスタジオ・エンジニアとして働くと同時に、音楽活動も開始。着実にファン・コミュニティを広げ、2007年にEPをリリースすると英・音楽誌NMEが絶賛。またケイト・ナッシュやアデルなどのライヴのオープニング・アクトも務めるなどして、さらに注目度が高まり、このたびアルバム『MAN LIKE I』を完成させたのだ。
ドレッド・ヘアがトレードマークのルックス、またボブ・マーリーのアルバム『ナッティ・ドレッド』からとられた名前というところからもわかる通り、レゲエをベースにしながらも、ニール・ヤング、ボブ・ディランを彷彿させるレイドバック感の強いアコースティックギターの響き。さらにヒップホップに通じる刻みのいいグルーヴ感など、あらゆるビートを加えて表現されるナッティのサウンド世界。特に彼のつまびくアコギの繊細さと大胆さを併せ持つ表情豊かな音色と、ソフトでハスキーなヴォーカルとの相性がぴったりで印象的だ。ジャックなどとは違うピースでスモーキーな味わいがあって、心を潤わせてくれる。一方歌詞に関しては、自身の体験をベースにしながら、人種差別など時代がはらむ問題と真摯に向き合ったもので、こちらも心を奪われるはずだ。
そんなスウィート&ビターなサウンド全体から伝わってくるのは、彼の誠実な人柄と、余計なものなど何もない青く澄みきった海や空の景色。ずっと包まれていたい夏が、ここにある。
(文:松永 尚久)

聴くたびに旨味が増していく新世代レゲエ・ミュージック。
一目惚れと同じ一耳惚れしちゃいました。
レゲエとブルースが握手したNATTYはたくましい。
僕が求めていたのはこれです。
-------タワーレコード渋谷店 レゲエ担当 磯野カツオ
ライノレーベルからのソウルフル・アコギレゲエ・・・と思いきや、
よ~く聴くとピーター・トッシュにそっくりでした。
唄い方も。メッセージも。チルアウトしようと思ったら大間違いかも。
-------タワーレコード新宿店 SOULバイヤー 青木太一
NATTYが特別なのは、メロディとアレンジをとても大事にしている、ということ、だから多くの人にアピールできる、何回でも繰り返し聴ける完成度の高い内容になっています。 多くの人に聴いて欲しい一枚です。
-------タワーレコード名古屋パルコ店 山本 康貴
魅惑的リズム!ブルージーな美メロ!オーガニックな歌声!
全てを併せ持つ、新世代のシンガー・ソングライター!!
永く愛せる心地よいアルバム・・・
レゲエ界の今、未来を語ってくれます。
-------タワーレコード京都店 逢坂いずみ オウサカイズミ
ジャック・ジョンソンやリー・エバートンの流れをくむアコースティック感とアップテンポなミディアムナンバーが絶妙にブレンドされた独特のレイドバック~チルアウトサウンドは聴く人を選ばないキャッチーさを携え、我々を虜にします!
-------タワーレコード梅田マルビル店 SOUL&R&B担当 田中 直樹
逆らいがたい至福のアコースティック・レゲエ。次なるオーガニック・サウンドの大本命はこのNATTY。
-------タワーレコード北花田店 西尾洋儀
あったかレゲエとまったりアコースティックが雑味ナシで混ざり合う。
音良し!歌良し!顔も良し!で、文句ナシ!!
-------タワーレコード福岡店 洋楽担当 山村真琴
ありそうでなかった、この極楽サウンドは、 新種のアイランド・ミュージックの誕生!と断言します。
-------タワーレコード 商品販促統括部 岡本大輔
ボブ・マーリー×サーフ×オーガニック・・・こんな常套句の3乗で語り尽くせるほど、ナッティの世界は、ありきたりではないし、かしこまってもいない。もっと自由で、もっとナイーヴ。ポジティヴで朴直な「気の巡り」を感じてください。
-------HMV Eコマース ロック&レゲエ担当: 小浜 文晶
季節や時間をすりぬけて、人種や音楽のジャンルも軽~く飛び越えて、常識や堅苦しい決まりごとも全部放り投げてひたすら気持ちいい音だけが残る。
エンジニア、プロデューサーも体験し自分のレーベルも立ち上げてD.I,Y精神で飄々とピースを奏でる21世紀の吟遊詩人。噛めば噛むほど味が出る奴
-------FM大阪 DJ 下埜正太
なにかと寒い時代になってしまいしたね。
コート着込んでしのぎます?自由なくしてダウンにしますか?それとも部屋で乾いた温風に体あずけます?本当にそんな生活を望んでますか?
俺ならNattyって暖をとります。こいつの音風こそが、みんなの本当に求めている温かさ。時に時代は俺たちを裏切ります。でもNattyは俺たちを裏切りません。
俺は今それを証明してます。だから安心してTシャツ1枚でこのレビューが書けるんです。
-------FM滋賀 DJ 仙石幸一
「レゲエ」と言うと“夏”のイメージがある。
でもNATTYの場合、全体を通しての爽快感は夏なのだが、
彼の声やサウンドは、何処か心地よく優しい。
だから、音楽が耳から入ってくるだけではなく、体全体に響いてくる。
春夏秋冬を選ぶことなく聞き続けられる、そんな一枚ではないでしょうか。
-------Datefm/Blockin' Harmonix 高野真一郎
寒くて長い北海道の冬を、音楽で熱く盛り上げてくれる男“Natty”。
ONE NATION UNDER A GROOVE
-------FM NORTH WAVE 中村巨樹
寝る前、食事前、ドライヴ中 etc TPO選ばず空間にまとう
人なつっこく、あたたかいちょうど良い、気持ちいい音。
プロデューサーの一人にMassive Attackというのもグッド!きます。
サーフという言葉に反応してしまう人にも間違いないアルバムだと思います。
-------hiri hiri 本店(札幌スープカリー店) 日下店長
ヒリヒリ(札幌スープカリー店)公式ホームページはこちら ⇒ http://hirihiri.jp/topics.html

NATTY 日本初ライヴ!
12/8(月)、DUO MUSIC EXCHANGEで行われたNEWTON FAULKNERのオープニング・アクトとして出演したのは、日曜日にインタビューをさせてもらったNATTY。
サポート・メンバー(ベース、ジャンベ、コーラス)を従えてのパフォーマンスは、なんともオーガニック。
滅多に書かないというラヴ・ソング、両親の離婚を経験した子供の気持ちを歌った曲、人種差別についての曲、何か新しいことを始めるには、自分のなかで何かがはじけるような「革命」を起こさねば、と歌っている曲などなど、全て彼が経験したり、感じた事が綴られている、「リアル」な歌詞が心にジンワリと響いてきました。
終演後にご挨拶させて頂いた際に、「最初はオーディエンスがとても静かでビックリしたけど、すぐに皆が曲に聴き入ってくれているということがわかった。とても演奏しやすかったし、楽しかった!」と、言っていました。
全く雰囲気が違うという、バンド形態のライヴも楽しみ
次の来日の際は、番組のゲストに来てくれると約束してくれました。
1/28に日本盤がリリースされるNATTYのデビューアルバム、是非聴いてみて下さいね!
岡村有里子(ラジオDJ)
(「ラジオDJ 岡村有里子の音楽日記~YURIKO'S OFFICIAL BLOG~」より)
http://ameblo.jp/yuriko-okamura/entry-10175560920.html
(セットリスト)2008/12/8(月) DUO MUSIC EXCHANGE
1.HEY MAN
2.JULY
3.BEDROOM EYES
4.SAY BYE BYE
5.COLD TOWN
6.BADMAN
7.REVOLUTION
8.COLOURED SOULS

「俺たちはプレステ世代/CCTV(監視テレビモニタ)にXBOXを繋ぎ/“パーカーを着たヤツ”とか“反社会的行動に対する禁止令対象者”とかレッテルを貼ってもいいさ、俺たちのアイデンティティを奪っていきながら」
NATTYは「Coloured Souls」の中でそう歌う。
北ロンドン出身の24歳はパーカーを、ドレッドロックと、現在大都市中心部の治安の悪い地域に住む若者に対する思慮深い考察と交換した。彼は世界各国の音を用いながら、現代の英国を実に的確に要約するのである。
正式なファースト・シングル「コールド・タウン」で彼は、自らの才能を遺憾なく発揮している。そこで彼は、近所に移民が引っ越してきたり、アジア人は全員テロリストとして疑われたりする、“加熱した”首都の様子を、緊張感ある、キャッチーなレゲエ・グルーヴで描いているのである。
「ここで歌われているのは、なんでこの場所を今あるがままの形、人種の坩堝のままでいさせてくれないのか、ってことだ」そう彼は説明する。
南アフリカ国境に隣接する小さな王国、レソト出身の母親と、イタリア系英国人の父との間に生まれたNATTYは、人種問題に関して理知的な発言を幾つかおこなっている。そうした発言が"LOVE MUSIC HATE RACISM"キャンペーンへの参加に繫がった。キャンペーンの主催団体は、彼の曲「If I」を、ブロック・パーティーやベイビーシャンブルズ、ジ・エナミーといったアーティストの曲と共に、2007年10月にNME誌の付録として配布されたコンピレーションCDに収録した。このフォーキーなバラードは、インディー・ファンが持っている典型的な先入観を皮肉っぽく茶化している。
「なら俺は、決まった型にはまったこの曲をう歌うよ/でもきっと君はまだ俺の事をレゲエ・ソウルだって言うんだろうね/きっとそれは俺のドレッドヘアと肌の色の所為/そこで俺は唄うのさ、どうやって型を破ったらいいんだってね」
彼は確かに型破りである。レゲエから離れ、彼は「Coloured Souls」でクリーンな西アフリカのギターを取り入れ、チャーミングなラヴ・ソング「Stoned On You」では優しくソウルフルなポップ、そして両親の離婚を経験中の子供のショッキングな告白を取り上げた「Say Bye Bye」は、弱々しい哀歌を取り入れている。
セッション・ミュージシャンでなく、友人によって編成された4人編成のバンドを従えて、彼はギターを弾きながら、純粋な魂を持つ荒削りの声で唄うのである。
あからさまに彼をボブ・マーリーと比較するのは、以下の事実を知ってしまうとあまり適切でないように思えてくる。例えばNATTYの名刺代わりにもなったミックステープに、サイモン・アンド・ガーファンクル、ニール・ヤング、そしてNASのサンプルが使われているということ。2月に行われたiTunes Liveでアフロロックの名手、ヴァンパイア・ウィークエンドのカヴァーを披露したこと。そしてケンティッシュ・タウンで彼が開催し、かつ成功を収めているクラブ・イベント、Vibes And Pressureに、ミスター・ハドソン&ザ・ライブラリーやゲット・ケイプ。ウェア・ケイプ。フライ。といったアーティストが出演していること。
それらに加え、ハード・ファイ、ケイト・ナッシュ、そしてアデルといったアーティスト達のツアーのサポート・アクトを務めることによって、彼は自分により合った、幅広い音楽的嗜好を持ったファンの関心を集めることとなる。
「俺はレゲエも沢山聴いているけど、アフリカ音楽も聴いているし、ピンク・フロイド、ボブ・ディラン、ニール・ヤングやモータウンだって沢山聴いているんだ」
しかしNATTYというあだ名が、ボブ・マーリーにちなんだものであることは疑いの無い事実である。13歳の時、彼はマーリィの1974年作品「Natty Dread」のレコードを自宅の日当たりのいい窓辺に置きっ放しにした。その結果、レコードは歪み、彼は大はしゃぎの友人たちの目の前で母親にしこたま絞られたのであった。悪友たちは、それにちなんで彼をNATTYと呼ぶようになり、彼はその時に味わった屈辱を、ずっとくすぶらせることになる。更に16歳で「ドレッドにした」時、そのあだ名はますます定着していったのであった。
「ドレッドは、ラスタフェリアンだけのものじゃない。アフリカ的なものでもあるんだ。俺がドレッドにしようと思いたったのは、ワルだった時期を卒業して、いくつかの事に対してNOを言えるようになった頃だと思う。スピリチュアルなもので、自分がどこから来たのかを思い出させるものでもあるんだ」
もし彼に憧れのレゲエ・アーティストがいるのなら、それは狂気の天才、リー・スクラッチ・ペリーになるだろう。「JAZZ CAFEで彼のサポート・アクトを一回努めたことがあるんだけど、その時、俺は一体これからどうなっていくんだろう?って思った。彼は俺の歩んでいる道を歩いてきているんだ ― プロデューサーからパフォーマーに転身するというね」>
NATTYは全くの新人ではない。彼は学校を卒業した直後から音楽業界で働き、バタシーにある一流スタジオ、Sphere スタジオでの職をもぎ取るまでになっていた。10歳の時に弾き方を教わったギターを捨て、彼は10代の頃からラッパーの友人たちのためにヒップホップ・ビートを作るようになる。自分の部屋で身につけた音楽制作ソフト、Cubaseを巧みに使いこなす卓越した技能は、将来一緒に仕事をすることになるスタッフに自身を一人前のスタジオ・エンジニアとして認めさせ、スタジオでの試用テストを受けるまでに繫がった。
「スタジオで働いていた4年の間に、実に沢山の人たちに遭遇したよ。それこそデュラン・デュランからモス・デフまでね」そう彼は語る。「最後には、レイザーライトのファースト・アルバムのレコーディングで2ヶ月コーンウォールで過ごすところまでいったよ。彼らはちょっとした評判の持ち主だけど、俺が今まで知り合った人間の中で最も賢いやつの1人さ」
NATTYは18歳になった時、ギターを再び手に取っただけでなく、「単なる趣味」として曲も作り始めるようになった。NATTYと一緒にSphereスタジオで仕事をしたプロデューサー、クレイグ・ドッズは彼の初期のデモを耳にして、それらももっと突き詰めるべきだと進言した。結果2人は、一緒に仕事をすることとなり、ジョニー・ダラー(マッシヴ・アタック)と共にNATTYのデビュー・アルバムのプロデュースを手掛けることとなる。
日中スタジオで、インディー・ミュージック・シーンの大物たちのエンジニアを務めるNATTYは、夜になるとその経験を、伸び盛りの才能を育むためのインスピレーションとした。オープン・マイク・セッションで得た熱心なファンによって彼は多くのレーベルから相応の注目を集めるようになる。その中の一つ、アトランティック・レコーズは、NATTYと同じヴィジョンを共有していただけでなく、彼のクリエイティヴィティをサポートする姿勢も示してくれた。
「俺は、新たなヴァイブ、新たなムーヴメントを作りたいと思っているし、もっと世に知られるべきだと思うミュージシャンを紹介していきたいと思っている。俺は”君をスターにしてあげるよ”とレコード・レーベルから言われることには興味はないんだ。スターかスターじゃないかは、人が決めることだ」
賢く、考え深く、誠実なシンガーであり、かつ、この夏もそれ以降も、問題なく話題になるであろう多彩なサウンドをもつNATTYが、間違いなく真のスターであることを人々が認めるまで、さほど時間は掛からないだろう。