
はじめてジェイムス・テイラーの名前を知ったのは、1972年、私が小学6年のときだった。海外のポピュラー・ミュージック(あえてこう呼びます)に興味を持ち始めたそのころ大ヒットしていたのが、カーリー・サイモンの「うつろな愛」だった。ラジオでカーリー・サイモンの夫はジェイムス・テイラーと紹介されたのを聞いた。それが最初だと思う。ただし、彼の曲は1曲も知らなかった。
次にジェイムス・テイラーの名前を意識したのは、1978年、私が高校3年のときだったと思う。当時、ツェッペリンやディープ・パープル、ピンク・フロイドなどの海外のロックに、どっぷりはまっていた私ですが、実は友人のきれいなお姉さんの影響で、S&Gやミシェル・ポルナレフなど、メロディのきれいなポップスも好きだった。S&Gのアート・ガーファンクルの3枚目のソロアルバムのリードシングル「ワンダフル・ワールド」がアート・ガーファンクルとポール・サイモンとジェイムス・テイラーの3人の共演だった。このとき再びジェイムス・テイラーを意識した。アート・ガーファンクルに負けないやさしい歌声はとても心地よかった。ただ、その時、わたしが知っていた曲はNO.1ヒット曲の「きみの友だち」だけだった。そして、残念ながら、その頃、私の周りにジェイムス・テイラーの曲を聴いていた友人はいなかった。
1981年、私が大学3年のとき、ジェイムス・テイラーはスマッシュ・ヒット(あえてこう呼びます)を放った。J.D.サウザーと共演した「憶い出の町」です。当時の音楽シーンはAOR、フュージョン、DISCOが大流行。軟派な学生生活をおくっていた私も、AORを一生懸命エアチェックしていました。私はこの「憶い出の町」をAORの1曲として大好きになり、これをきっかけに、ついにJTの過去の楽曲を聴きあさることになった。
アルバム『スウィート・ベイビー・ジェイムス』と『マッド・スライド・スリム』は、すぐに愛聴盤となった。やさしいメロディとヴォーカルはもちろんですが、私はJTの曲の詩やテーマも好きだった。JTの曲には、社会的なテーマなどはあまりなく、「スウィート・ベイビー・ジェイムス」や「ファイアー・アンド・レイン」をはじめ、家族や友人のことを歌った素朴でやさしい曲が多い。と思う。それが私にとってJTの魅力を増大させた。現実においても、JTは、キャロル・キング、アート・ガーファンクル、J.D.サウザーをはじめ、マイケル・ブレッカー、ポール・マッカートニー、スティーヴィー・ワンダー、ジョニ・ミッチェル、リンダ・ロンシュタット、ニール・ヤングなどなど、多くの仲間との魅力ある共演が多く、すばらしい友人関係がうかがえる。そして、「きみの友だち」はキャロル・キングの作った曲だけど、やはり、JTの代表曲であり、JTの音楽を象徴している曲だと思う。
ジェイムス・テイラーがキャロル・キングと日本にやってくる。LIVEで聴けるであろう「きみの友だち」が、待ち遠しくてたまらない。
音部輝行(WARNER MUSIC DIRECT)