Jerry Garcia ジェリー・ガルシア

Profile

ジェリー・ガルシアは、1942年8月1日 サンフランシスコに生まれる。15歳でギターを弾き始め、20歳を迎える1962年には、ギターのボブ・ウィアー、キーボードのロン<ピッグペン>マッカーナンとブルーグラス&フォーク ミュージックのバンド Mother McCree's Uptown Jug Championsを結成。
後に1965年にベースにフィル・レッシュ、ドラムのビル・クロイツマンが参加してWarlocksとバンド名を変更。そして、そのグループが グレイトフル・デッドの前身となる。
グレイトフル・デッドは、むさ苦しい風貌とは裏腹に、自由と愛と平和に溢れたメッセージを送り続けたバンドであり、ヒッピー・ムーヴメントの背景の中、彼らに共感する熱心なファンを拡大した。
30年間に渡る活動の中で20枚を越えるアルバムのレコーディングを行い、歴史的な規模・驚異的な回数のコンサート・ツアーを行った。
中にはエジプト、ピラミッドの前でのコンサートなどもある。また、コンサートでは、録音も自由、そのテープを交換することもOKといった彼らのスタンスも特徴的であり、彼らもファンも非常に純粋な志を持ち、温かい集団であった。また特に熱心なファンは愛情を込めてデッド・ヘッズと呼ばれている。
日本では、「尊厳死」を意味するネーミングや、「ガイコツ」「バラ」といった強烈なキャラクターにより、サイケデリックなバンドとしてのイメージが先行していたが、彼らの活動そして、送り出したメッセージによって、音楽のみならず、文化的や精神的に共感するムーブメントは、現在にも深く受け継がれている。
グループの中心人物として存在したジェリー・ガルシアは、デッドの活動と並行して幅広い創作活動を行い5枚のソロ・アルバムを制作する。彼は、デッドの精神的支柱、活動の原動力であり、彼の弾くギターの音色までもが、優しさが溢れたものだった。しかし残念ながら1995年8月9日(53歳)でこの世界から早い旅立をすることになり、そしてその年グレイトフル・デッド自体も活動を停止する。しかし その後デッドのメンバーは、ソロ・プロジェクトの活動を行いつつ、ガルシアを除くメンバーで、「ザ・デッド」として、活動を再開している。
また、メンバーのボブ・ウィアーは、2002年にMt.Fuji ジャズ・フェスティバルそして、2003年にフジ・ロック・フェスティバルにも来日している。
グレイトフル・デッドの充実のオフィシャル・サイトは、 http://www.dead.net/

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