Serj Tankianサージ・タンキアン

Profile

サージ・タンキアン (Serj Tankian) ─ 1967年8月21日生まれ
95年にカリフォルニア州ロサンゼルスにあるアルメニア人コミュニティがあるグレンデール地区にて結成されたシステム・オブ・ア・ダウン、 そのフロントマンで奇才ぶりを発揮していたのが、このサージ・タンキアンだ。

98年に1st 『システム・オブ・ア・ダウン』 でデビュー、その独創的なへヴィ・サウンドと痛烈な歌詞、
そして強靭なパフォーマンスで一気にブレイクし、アメリカ国内のみで100万枚を売り上げる実績を叩き出す。
その後2001年に2nd 『毒性』 (全米チャートNo.1) を、翌2002年には 『スティール・ディス・アルバム!』 を発表、
2005年には 『メズマライズ』 と 『ヒプノタイズ』 という2枚のアルバムを連続で発表し、2作とも全米チャートNo.1を記録する怪物バンドへと成長していった。 5枚の作品のアメリカ国内だけでの総売上が1,600万枚を超え、 『メズマライズ』 からの楽曲 「B.Y.O.B.」 が2006年のグラミー賞 「ベスト・ハード・ロック・パフォーマンス」 を受賞するなど、その地位を不動のものにした。

が、2006年5月、突如バンドは無期限の活動休止を発表、その活動を一切ストップさせる。

その後、いち早く次なる活動を始動させたのは、システム在籍時から課外活動を積極的に展開していたサージだった。
まず2007年にソロ・アルバム 『エレクト・ザ・デッド』 を発表、全米4位を記録する。
ツアーを続けていったのだが、より自身のクリエイティヴィティを解放していく彼は、 『エレクト・ザ・デッド』 をオーケストラと共に共演するプランを実現化し、 そのオーケストラとのコラボ・ライヴの模様を収録した 『ELECT THE DEAD SYMPHONY』 を2010年に発表。 そのオーケストラとのコラボでよりクリエイティヴィティを炸裂させたセカンド・ソロ作品 『インパーフェクト・ハーモニーズ』 を同年に発表する。

2011年、突如システム・オブ・ア・ダウンの再結成というニュースが流れ、実際にフェスティバルへの出演を中心としたツアーを行い、 世界中のファンを熱狂させたのだが、その合間に再びサージはスタジオに入り、 「次のアルバムはロック・アルバムになる」 という発言と共に、 随時新作レコーディング作業のアップデートがウェブで公開されていった。

ロック・アーティストとしてだけではなく、サージは有言実行の ”辛口” 政治活動家としても知られている。
2006年、彼はバンド・メンバーのドルマイアンと共にワシントンDCの下院議員を面会し、
「アルメニア人に対するジェノサイド (民族の集団虐殺) を認定する法案」 を支持する運動を行った。

また彼は、レイジ・アゲインスト・ザ・マシーンのギタリスト、トム・モレロと共に、ミュージシャンや音楽ファン、草の根的な政治団体を団結させ、 社会正義のために闘う非営利団体 「アクシス・オブ・ジャスティス (正義の枢軸) 」 の共同創立者としても活躍している。

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