「わたしのフォーエヴァー・ヤング②」
数々の洋楽名盤をお届けするフォーエヴァー・ヤング・シリーズを、様々な形で応援してくれる「フォーエヴァー・ヤング・サポーター」の皆さん。
業界にゆかりのある方々から、人生に寄り添い、共に歩んできた一生モノの1枚への想いを綴っていただきました。

リッキー・リー・ジョーンズ
僕が彼女の事を知ったのは、FMノースウェーブにいた頃でした。
ある先輩ディレクターが代表曲の「恋するチャック」を選曲していて、それを初めて聞いた時は「なんだこのイントロ???」・・・の割に可愛い声!でした。
ジャケットもタバコを吸っている可愛い女性、しかもデビューアルバム!?
このギャップに心掴まれましたね〜。
後から知ったのですが、参加ミュージシャンもとんでもないんですよね。
マイケル・マクドナルド、ランディ・ニューマン、スティーヴ・ガッドにニック・デカロ、ドクター・ジョンに、ニール・ラーセン、ジェフ・ポーカロ・・・。
しかも当時トム・ウェイツと付き合っていたとか、そりゃ〜この完成度、納得ですよ。
話は変わりますが、毎年アメリカ・オースティンで開催されている「SXSW」に以前勤めていた会社が連れて行ってくれたのですが(感謝)幸運にもそこで彼女の生のステージを見る事が出来ました。
ただその時の事は あまりの興奮&おのぼり状態で、よく覚えていないのですが・・・。
確かオースティンのコンベンションセンター内にいくつか会場があって、その中のTVスタジオみたいな会場で、観客もまばらだったような、「恋するチャック」も演ってくれたような・・・。
でも1つ覚えているのは、お客さんの中にジョニ・ミッチェルがいたと思うんですよね(多分)。ビビって声掛けられなかったです。
初めて彼女を知ったあの時から数十年経っても、このアルバム『浪漫』は色褪せていないですね、聞くたびに新鮮な気持ちになります。叶うならもう一度彼女のステージを今度は落ち着いて見てみたいです。
得田博之
株式会社エアジーワークス

ラーセン=フェイトン・バンド
遡ること約25年前のこと、僕は地元の根室で親の仕事を手伝っていてインターネット前夜であったので東京のレコードショップから送られてくるリストを穴が開くほど眺めていました。オーダーは電話かFAXなので地理的に不利(郵便で送られてくるリストが北海道の東の外れの町に届く頃には東京近郊の方はとっくにオーダー済み)な為、肌身離さずサボって閲覧(笑)、仕事が終盤に差しかかる頃、夕方5時頃のAMラジオからニュース番組オープニング・テーマがラーセン=フェイトン・バンドの「ファーザー・ノーティス」がかかると配達先から帰社する時間の合図だったなぁと思い出します。
曲名調べもせずに、安定感抜群な屈強なパフォーマンスのカッコいいFUSIONの認識でした。
なんせ、Shazam出来ないし、局に電話するのも億劫な極度の面倒くさがり屋でして(笑)。
当時はFREE SOULものを熱心に集めていましたが、この時まだ名曲「ニード・ユア・ラヴ」の「フル・ムーン」とラーセン=フェイトン・バンドの関係に気付かず。
その後、活動の場を札幌に移し、CLUB JAZZに明け暮れておりました頃、ニール・ラーセンの「ジャングル・フィーバー」収録の「ラスト・タンゴ・イン・パリ」はヘビー・プレイしていましたが、ラーセン=フェイトン・バンドと繋がりには全く気付かず。
たまたま入手したラーセン=フェイトン・バンド 、AORのディスク・ガイドで見て購入して聴いてびっくり、あのAMラジオの曲「ファーザー・ノーティス」じゃないですか!
ちゃんとディスク・ガイド見たらニール・ラーセンの「ジャングル・フィーバー」も「フル・ムーン」も掲載されており、注意力散漫気味でディスク・ガイド見ていた自分に反省しつつ、過去の好きな点が繋がり、差し詰め、映画『犬神家の一族』の加藤武演ずる橘警察署長並みにひとり納得した1枚でございます。
最近、FUSION特集をDJイベントでやっており、再度、ラーセン=フェイトン・バンド内容の良さを実感しております。
FUSION、AORの名盤と言われる最高の1枚を是非ライブラリに追加して頂ければ幸いです。
FAT MASA
JOYOUS JAZZ

キャロル・ベイヤー・セイガー『TOO』
私がこのアルバムを知ったのはもう30年以上前。
大学のキャンパスとは反対方向の電車に乗り込んでは連日中古レコード店に通いつめていた頃にLP盤をGETしました。NEW WAVE/UK INDIEからレコード掘りを始めた私にとってAORはちょっと甘すぎて・・・と、敬遠していたんですがフリー・ソウル・ムーブメントもあいまった時代の空気とちょうどよく溶け込んで心地よく響いてきたのを覚えています。
バート・バカラックの(元)奥さまで、古くはモンキーズから80年代にはクリストファー・クロスの「ニューヨーク・シティ・セレナーデ」や、ディオンヌ・ワーウィックの「愛のハーモニー」などのヒットを飛ばした著名な「作詞家」ですが、英語力のない私にとっては歌詞の素晴らしさは後追いで完全にマイケルの「あの曲」狙い。マイケル・ジャクソンに提供された「It's the Falling in Love」はCITY POPブームのきっかけとなった「あの曲」にもつながるのでぜひ聞いてほしいのですが、なにより楽曲・演奏の完成度が凄すぎです。 マイケル・マクドナルドとビル・チャンプリンのコーラス、ドラムはエド・グリーン、ベースがデヴィッド・ハンゲイトで、ギターにスティーヴ・ルカサー。そして作曲はデヴィッド・フォスターという無敵の布陣。この曲に触れるだけでもアルバム1枚買う価値あり!ご馳走さまです!・・・と当時はここで針をあげていたんですが、すみません!他の曲もいいですよね・・・。
今回のリリースで改めて聞き直してびっくり。楽曲も演奏も流れも時代の空気感も心地よく感じるのは時が経過したからなのか歳をとったからなのか。
あの頃夢中になって聞いていた洋楽名盤の復活は新たな感情がプラスされる素敵な音楽体験です。50前後の洋楽ラバーのみなさん!良いですよ。聞き直してみてください!
FM NORTH WAVE ディレクター
渡辺 敏弥

ドナルド・フェイゲン『ナイトフライ』
ハズレだと思ったアルバムが生涯最も聴くことになった、ドナルド・フェイゲンの『ナイトフライ』。
中3の頃、当時の音楽仲間どうしで音楽雑誌『アドリブ』を愛読していました。今となっては名盤と言われるレコードが沢山リリースされている時代です。子供の私たちは沢山購入することも出来ず、皆でバラバラのタイトルを購入しては貸し借りしてテープに録音して聴いたりしていました。
『ナイトフライ』リリース時、私が購入することになったのですが、中3の私には理解が出来ず、今月は失敗だな~なんて・・・しかしある時部屋の模様替えをしつつ、このカセットを繰り返しBGMとして流していたところ、徐々に身体が動かなくなり、すっかり取り憑かれてしまいました。その後、スティーリー・ダンのレコードを聴きまくったのはいうまでもありません。ドナルド・フェイゲンから沢山のアーティスト・ミュージシャンに興味を持つことが出来ました。未だこのタイトルを超えるものは私にとっては存在しません。
未聴のかたは模様替えの時に繰り返しお聴きになることをオススメします。
人生変わりますよ (^ ^)
HIPSTER帯広/Frontier Music
佐藤誠吾

カイリー・ミノーグ
私が大学時代を過ごした1980年代、音楽のジャンルは今と全く様相が異なり、大きく「邦楽」と「洋楽」の二つでした。
邦楽にまだJ-POPという言葉は無く、洋楽は米英のアーティストが殆どでした。そんな中、オリビア・ニュートン=ジョン、リトル・リヴァー・バンド、メン・アット・ワークそしてカイリー・ミノーグがオーストラリアのアーティストであることは、なぜか頭にあったことを覚えています。どれも好きでした。
カイリーは、一般的には「ロコモーション」や「ラッキー・ラヴ」が代表曲だと思いますが、個人的には、同郷の俳優ジェイソン・ドノヴァンとのデュエット「エスペシャリー・フォー・ユー」(1989年)のシングルを買ったのがきっかけでした。
ネットの普及で、音楽を含むあらゆるモノが様変わりする中、しなやかに変化を続け、今も第一線で活躍するカイリー。英国では1980年代~2020年代の5年代に渡りチャート1位を獲得しているとのこと!
そんな各年代でヒット曲を擁するカイリー。2000年代はデビュー時の「溌溂とした若さ」から良い意味で陰影ある曲調へ変化したように感じます。
中でも「熱く胸を焦がして」、「オール・ザ・ラヴァーズ」は、今もラジオでよくオンエアされており、聴けば「!」となる方も多いのではないでしょうか。「熱く胸を焦がして」は、クールで淡々としているが、一度聴くと耳から離れない中毒性を持った1曲。「オール・ザ・ラヴァーズ」は、雲間から光がさした時のような温もりを感じる稀代の名曲。
改めて偉大なアーティストなのだと感じます。
株式会社ソニー・ミュージックソリューションズ
セールス&マーケティングカンパニー RS部 札幌オフィス
中村 新三

MC5『キック・アウト・ザ・ジャムズ』
何を隠そう、筆者は10代の頃に初めてギターを買って弾いてみた曲のひとつが「キック・アウト・ザ・ジャムズ」である。
高校生でパンクロックに夢中になり、中でもザ・ダムドに入れ込み、MC5の「ルッキング・アット・ユー」、ザ・ストゥージズの「1970」のカヴァーをきっかけに、自然な流れでデトロイト・プロトパンクに入れ込んでいった。
ウェイン・クレイマー、フレッド・‟ソニック”・スミスと名うてのギタリストによるアンサンブルは、パンクと言うには完成度が高過ぎる印象もあったが、寧ろその重厚さと音圧が、広い意味でのラウド・ロックに影響を与えたのは確かであろう。
2024年、惜しくもウェイン・クレイマーが、そしてメンバーではないが、マネージャーかつ思想面でMC5に影響を与えたジョン・シンクレアが逝去された。
デトロイトのMC5直系のパンクバンドThe Dogsという物凄く格好良いバンドがおり、「Slash Your Face」という曲はデトロイト・ロックの金字塔と言える曲ながら、あまり知られてはいない。彼らの曲で「John Rock And Roll Sinclair」という曲は、ジョン・シンクレアを通じた、見事なMC5オマージュ・ソングであり、MC5ファンには是非とも聴いていただきたいバンドである。
このThe Dogs、勿論ザ・ダムド、そしてギターウルフを愛好するような自分にとっては、MC5は永遠に心の故郷である。
東原泰道
札幌ライブハウス PIGSTY 永久会員

ザ・ストゥージズ/『イギー・ポップ&ザ・ストゥージズ』
『ミュージック・ライフ』誌の海外トピック・コーナーでセックス・ピストルズを知った中学2年以降、持って生まれた素養と相まって全ての価値基準が「パンク」と成り果てた蒼い私は、情報の無いなか「その匂い」がするものを音楽やポップ・カルチャーの中に探すことに夢中だった。デヴィッド・ボウイはマイナー雑誌にも頻繁に掲載されていて好きになり、当時ボウイとの同伴写真からイギーにも興味を持った。その頃出た『ロー・パワー』を買いイギー・ポップ&ザ・ストゥージズを知るが、正直、同年代のパンク・バンドの方が良かった。ちなみにアルバム邦題を『淫力魔神』と名付け親は天才である。
その後、気付けば時代はニュー・ウェーブだったが何となく違和感があった私は、何となくノイズやフリー・ジャズへとどんどん深化していく。と同時にパンク時に学んだD.I.Y.や同時代性への興味を維持し音楽全般の歴史や制作背景を知っていくなか、新たな視点で見てもなおイギー・ポップ率いるザ・ストゥージズは別格に素晴らしかった。簡潔な歌詞と半ばブルースと乖離した粗雑な演奏の音楽は、それが故、広い定義の同時代性を保つのだと思う。現にザ・ストゥージズの「アイ・ワナ・ビー・ユア・ドッグ」は無数のカバーが存在し、映画での効果的な使用も多く非常に優れた楽曲だ。後年のイギーは完璧な魅力的な声での楽曲参加も多く、役者としても優秀だと思っていたら2007年にバンドが復活した。
若いバンドを凌駕するアルバムは最高だった。
安達浩之
ソファー・グラフィックデザイン

ラモーンズ『ブレイン・ドレイン』
不本意ながら偉大なるマンネリとも称される事もあるが、ラモーンズの活動歴22年には様々なドラマがある。史上最大のヒットアルバムとなり、今では名作と評価される5作目の『エンド・オブ・ザ・センチュリー』もフィル・スペクターのオーバー・サウンド・プロデュースにより、当時は賛否両論が巻き起こった。
そんなラモーンズ、最後の賛否両論作がこの『ブレイン・ドレイン』。プラクシスなどノーウェーブ直系のバンドで活動し、ハービー・ハンコック、イギー・ポップなどのプロデュースを手掛け、当時評価の高かったビル・ラズウェルをプロデューサーに起用。暗さや重さは随所にありつつも、ラモーンズらしいポップさもあるし最高なんです。特筆すべきは、ディー・ディー・ラモーンが作曲に関わった「アイ・ビリーヴ・イン・ミラクルズ」や「ペット・セメタリー」などの硬派なメロディが際立つ名曲たち。「ペット・セメタリー」は同名ホラー映画の表題曲にもなり、ホラー好きの自分には思い入れのある曲です。
ディー・ディー・ラモーンが脱退しつつも、置き土産した名曲「ポイズン・ハート」が収録された次作『モンド・ビザーロ』が、自分のリアル・タイムのラモーンズ体験というのもあり、この2作の流れがたまらなく愛おしい。
ラスト作『アディオス・アミーゴス』のリリース後、ザナドゥで観たイメージ通りのラモーンズの勇姿が今も目にこびり付いている。
ラモーン鉄男
DJ、イベントオーガナイザー、デザイナー

ルー・リード『NEW YORK』
Forever Youngシリーズといえば、初期の頃、「3枚買えば1枚プレゼント」の企画があり、中学生の私は何度もレコード店に行きジャケットを見ながら「このアルバムはいいはず」、「いやいやダサい」とあーでもないこーでもないと想像力で「もう1枚」を選んでいました。サブスク全盛の今ではこういうのないですよね。懐かしいです。
本作は1989年発表SIRE移籍第1弾のアルバム。このころはHR/HMばかり聴いていた時期でしたが、ジャケットと帯のフレーズに魅せられ買いました。
ラフでシンプルなサウンドが、(行ったことはないけれど)「NEW YORK」の喧騒やそこに暮らす人々を感じられ、まるで映画を見ているかのようなアルバム。
その研ぎ澄まされたサウンドはとても魅力に感じました。
そして月日を経て、今聴き終えると高校生の時とは違う印象を受けることにまた驚きます。
いつでも聴けるようにいつも近くに置いておきたいアルバム。
想像力は大事です。
五十嵐明生
株式会社スマッシュイースト

青木くんとヴェルヴェッツ
青木くんは高校の友人の中学の同級生で、当時ロックに興味を持ち、バンドを組みたいと思っていた僕に、友人が「本格的にロックをやってる奴がいる」と紹介してくれたのでした。会ってみると、青木くんは高校生のくせに、ロン毛でファッションも決まっていて、ちょっと尖った態度も含めてミュージシャン然としたスタイルが完成していました。同じ高校生とは思えず、完全に気後れしている僕。好きなバンドを聞いてみると、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドと答える青木くん。とりあえず「あ〜ベルべット・アンダークラウン…僕も結構好きだよ」と話を合わせておきました。当時BOØWYやZIGGY、PERSONZなどバンドブームといわれた時代の邦楽を中心に聴いていた僕には、初めて聞くバンド名でしたが、なんとなくバンド名からその音楽をイメージできたような気がしました。洋楽好きな青木くんと邦楽しか知らない僕が意気投合する訳もなく、もう青木くんとは会うこともありませんでした。それから20数年が経ち、布袋寅泰さんの愛犬ルーリーの名前の由来が、ルー・リードから来ているという話を知り、先祖帰りする感じでヴェルヴェット・アンダーグラウンドを掘っていくことになる僕。そこでは不思議なことに高校生の僕がイメージしていた音楽が、確かに鳴っていました。あの頃にちゃんと聴いておけば、もしかしたら青木くんとバンドを組んでいたかもしれません。青木くん元気ですか?
グレート・ザ・真駒内
FMノースウェーブ「METAL MASTER」プロデューサー
北海道国際映画祭フェスティバルディレクター