竹内まりや

『TRAD』インタビュー

2014年9月10日発売「TRAD」 ディーラー・インタビュー

Interview by TSUTAYA RECORDS
━ この度、7年ぶりのニューアルバムの発売となりますが、この7年間、日本でもいろいろなことがありました。そんななか、この激動とも言える7年間が、まりやさんの本作に何か影響を及ぼしたり、与えたりはしましたか?

振り返ってみると、その時々に感じている気持ちや社会状況を反映した歌ももちろんありますが、タイアップで依頼された曲を書いている時には、世情云々よりも要望されているテーマやその内容を考えながら常に作っていますね。例えば、「アロハ式恋愛指南」だと、“『わたしのハワイの歩きかた』というハワイを舞台にした若者向けの映画である”とか、『おトメさん』主題歌の「たそがれダイアリー」だったら、“熟年主婦目線の、家族や旦那さんとの確執を描くドラマである”というような前提があり、“ならばそれをどう書くか?”と問いかけつつ、そのつど先方のリクエストに対して“自分らしい言葉やメロディはなんだろう?”と探りながら作ってきたものがほとんどです。

━ とは言え、どの曲からも非常に日常を感じました。やはりまりやさんにとって日常と歌とは、切っても切り離せないものなんでしょうね。

その辺りは今の自分が反映されているんだと思います。私自身の人生観や死生観も年齢が増すにつれて確実に変わってきてますし、人生の残り時間みたいなものは、やはり10年前よりも意識してますから。だけど、それはけっしてネガティブなものではなく、“そういうものだ”と肯定的に受け入れ始めた、というか。“人生とは限りあるもの”という諦観を持つようになったのも、今の年齢に到達したからだろうなと思うし。そういうことが無意識に「いのちの歌」にしろ、「たそがれダイアリー」にしろ、表れているんじゃないでしょうか。聴かれる方がどうであるかはわからないけれど、私のなかでは、日記がいつか途切れてしまう日がくるかもしれないという気持ちは、常にどこかにあるので。逆に“そういったことも歌うようになったんだな…”と自分では思ってます。

━ アルバムタイトルの『TRAD』は、凄く本作を言い得ていると思います。ちなみにこのタイトルはどこからつけられたんですか?

特にタイトルを先に決めていたわけではないんです。私の場合、『DENIM』の時もそうだったんですが、いろいろなところからタイアップをいただいて積み上がったものをまとめたものをひとことで表す言葉を探した結果、 “時代を越えて聴かれる音楽”でありたい、という思いを象徴するようなこのタイトルにたどり着いたということですね。

━ その際、他のタイトル候補はどのようなものがあったんですか?

他に考えていたのは『タイムレス』や『オーソドクシー』とか…。それらのなかでも、この『TRAD』という文字の持つ字面のシンプルさと強さが良かったんです。私が好きなものって昔から根本的に変わらないし、普遍的なものに惹かれます。そういう音楽を目指したいという姿勢を表すタイトルでもありました。決して保守的な意味ではなく、いわば、“変わらないもの”“変わらずに好きであり続けるもの”を象徴する言葉ですね。

━ 今回、初回限定盤に映像特典としてDVDがついているのが非常に嬉しかったです。

2000年に行ったライヴ音源は、アルバムとしては出していたんですけど、デジタライズされた映像作品としては初めてのお目見えですね。アルバムに映像をつけるのは初のトライアルなんですけど、ダウンロードで単曲買いをする方も増えているなか、パッケージに魅力を感じていただくためには、時代のニーズという面でも、やはり映像ものの方が喜ばれるでしょう、と。そこから、未公開のライヴ映像や、これまで出したミュージックビデオ(以下:MV)のダイジェストを、35周年に合わせて35分間にまとめたものを作りました。

━ 35分間という、ちょうど良いコンパクトさがいいですよね。

その中に、過去のMV16曲分を約13分のダイジェストにまとめたものも入ってるんです。これは、これまでのMVのサビやフックになるところをつないでいったもので、あえて時系列順にせず、曲調を考えながらつないだので、ファンの方でも新鮮にご覧いただけると思います。なかにはアニメのものもありますが、できた作品を観て、自分でも “こんなに作ってきたんだ…”と感慨深くなりましたね。こういった映像をつけるとやはり違いますか?

━ 絶対に違いますね! 特にライヴ映像は、実際に会場で観たかったけど観られなかった、という方も多いと思うので、みなさん非常に喜ばれると思います。

これを発表してみて、皆さんからの手ごたえを感じ取ることができれば、今後ちゃんとしたライヴDVDを出すことも考えなくちゃいけないと思っていて。2000年と2010年の映像も掘り起こせば、まだいろいろとありますので。

━ アーカイブ的にも絶対にほしいです。

私も2年前に映画館上映した(音楽制作のパートナーである夫・山下)達郎の『シアター・ライヴ PERFORMANCE 1984-2012』がDVD化されたら絶対に手元に持っていたいですし。あれは実に素晴らしい仕上がりでした。「プラスティック・ラブ」を笑顔で叩いている青ちゃん(故・青山純さん)の映像なんて、あそこでしか観られない本当に貴重な映像ですから。

━ この7年間のベスト的なアルバムとも言える本作ですが、かなりいろいろなタイプの曲が収まっているんで、曲順もかなり悩まれたのでは?

順番はいつも自分で考えますが、自然にハマったのがこの曲順だったんです。当初は「Your Eyes」を最後に持ってくる構想だったんですが、「いのちの歌」に壮大なオーケストレーションが入っているので、どうしても最後にしか収まらなかったんですね。音像が他とちょっと違うこともあり、いちばん最後に持ってきて、音楽的な意味では最後の曲が「Your Eyes」で、その後に、私の補足のメッセージとして「いのちの歌」が続く感じにしたんです。となると、やはり最初の曲はすべてのご縁の始まりを象徴するような「縁(えにし)の糸」かなって。結果的に『だんだん』(2008~2009年のNHK連続テレビ小説主題歌)に始まって、『だんだん』(出雲弁でありがとうの意味)に終わる流れになりましたね。ベスト(『Expressions』)のあとで最初に出したシングルが「縁(えにし)の糸」でもあったので、ここからアルバムが始まるのがちょうどいいのかなって。あとは曲調とかキーとか考えると、この並びがいちばんしっくりときたんです。

━ アルバムジャケットも素敵ですね。

ありがとうございます。ブックレットの写真は、今回すべて出雲で撮ったんです。出雲大社とか稲佐の浜、日御碕神社…そういった場所で。私のふるさとでもあり、1曲目の「縁(えにし)の糸」は朝ドラ『だんだん』の主題歌ですが、その舞台が出雲だったこともあり、つながりを考えれば出雲で撮るのがいちばん自然だろうと。おかげさまで素敵な夕焼けと出会えたりと、良い撮影ができました。

━ 今年は記念すべきデビュー35周年イヤーで、33年ぶりの全国ツアーも決まりましたが、ご自身的には、どのような年にしたいですか?

自分としてはことさら35周年を意識してはいないんです。気づいたらデビューから35年が経っていた、って感じなので。ライヴもスタッフからの提案を受けて、“全体の環境が整ったということは、やるべきときがきたのかな”と(笑)。ただ、音楽活動は今後も自分に合ったペースを保ちつつ、40周年、50周年を目指して続けていきたいですね。

━ 最後に、まりやさんが無人島に持っていく一枚を教えてください。

うーん、なんだろう…。いろいろな盤に、それぞれ思い入れがあり過ぎて。無人島に持っていって聴きたい一枚って、くり返し聴き込んだものよりも、意外とフォー・フレッシュメンのアルバムだったりするのかな。自分の作品じゃないことは確か(笑)。うーん、でも、ビートルズかな。そのなかでも愛着のある『ビートルズ・フォー・セール』ですね、やっぱり。

インタビュー
カルチュア・コンビニエンス・クラブ株式会社
大川 博之氏(TSUTAYA本部)
Interview by タワーレコード
━ 待望のアルバム発売ですね。

7年も経ってしまって…お待たせしました。

━ 本作ではまりやさんが歌の主人公になっている事も多いと思うのですが、〈大人の女性に向けて〉メッセージすることを意識されていたりはします か?

〈同年代の人がどんな歌を求めているのか?〉というのは常に考えているんですよ。男性とか女性ではなく……自分が女性なのでどうしても女性目線の歌が多くなりますけど、同年代の 人たちが聴いたときに、どこか納得したり共感してもらえる言葉を探します。若いみつきちゃん(高畑充希)に書くときは、彼女の年代にふさわしい「夏のモンタージュ」のような初恋っぽ い曲を書きますけれど、自分に書く場合は、同年代の人が聴いたときに違和感無く聴こえるものにしたいというのが根底にあるんだと思います。今の自分が何をどう感じているか、という意 識も入っているはずです。

━ まりやさんの曲を聴いていると、上でも下からでもなくて目線が同じというか、(リスナーを)引っ張っていくというより、一緒に世界を体験を共 有している感じを受けたんですが。制作スタンスは昔から変わってないですか?

そうですね。たとえば、「たそがれダイアリー」という主題歌は、ドラマの主人公が50~60代くらいの夫婦だったんですけど……私が30代の時に書いた「家に帰ろう」の歌詞の中の夫婦 が、20年後にどんな夫婦になっているのかを想定して書いてみたり。自分のその時の年齢と状況を考えて作れば、そんなに難しい事ではないんです。周囲の60代の人たちから「あの曲(たそ がれダイアリー)がグサッときちゃったんだよね」とかリアルな感想を聞くと、同年代に届いたことを実感しますね。また“いのちの歌”などのように、小・中学生が聴いても、年配の人が 聴いても同じように感じてもらえる歌詞もあった方がいいわけで。そういう場合、年代を超えて響く言葉を考えながら曲を書いていますね。

━ 最終的には性別も年代もなく感じてもらいたいと。

できれば、時代を超えて聴かれるスタンダードを目指したいですね。特別HOTなものとか、時代の最先端をゆくような音楽ではなくて、時代に寄り添いながら普遍的な作品にしたいと思う んです。ただ消費されて終わってしまうだけではない、軸になるものが常にあるような音作りをいつも目指しています。特に目新しい事をしていなくても、それが逆に時代に持ちこたえてく れるんじゃないかと、願ってるんですけどね。

━ 今回サウンド的には歌を中心にしっかり創られているというか、バックはダイナミックというよりは抑えた形で歌を前に創られていると感じたんで すが。

私は本来〈歌がオケの中に入り込んで響く感じ〉が好きなんですけど、デジタル・レコーディングになってからは、歌をほんの少し下げただけでも全体の音像が変わってきちゃって、伝 えたい言葉がちゃんと届かなくなるんです。ですから、歌の音量に関しては昔より上がっていると思います。そこは多分(山下)達郎も、自分のアルバムで日々研究している所ですよね。「 静かな伝説(レジェンド)」は、リズム隊4人で一発録りをしてさらに楽器を重ねるというやり方でしたが、それだとわりとアナログに近い時代の音で録れるし、歌のバランスにも悩まない んですよね。

━ 今回はバンド・サウンドで録っていない曲が多いですよね。

そうですね。(山下)達郎による打ち込みのドラムで録ったものは多いですが、デジタルの手法でアナログ的な音を出すために、彼はとても緻密に考えてから打ち込んでいきます。いか にもドラマーが叩いているのようなフレーズにしないと無機質なものになりますから。最終的な音を人間っぽくするためには機械的なビートではなく、1/100秒あえて音をずらすとか、そう いう作業をコンピューターでやっていくので、時間はどうしてもかかってしまいますね。

━ 今は曲を制作される場合はどのような流れで作られているんですか?

まず、エレピとリズム・ボックスを使って弾き語りしたデモを(山下)達郎に渡します。それをアレンジし、プリプロを経てレコーディングに入ります。例えば「深秋」というマイナー 調の曲があるんですけど、はじめはビギンのリズム(パターン)で作っていたのを、彼が違うパターンに変えましたね。だいたい私が決めた8ビートや16ビートのリズムパターンを膨らまし てゆくんですけど、あの曲はデモと大きく変化しましたね。基本的にはプリプロの段階で〈これは小笠原(拓海)君のドラムで録ろうか〉とか〈ここの間奏はトロンボーンにしよう〉とか〈 ここの間奏はストリングスでこういう感じにしよう〉とかを二人で決めていくんです。でも〈イントロにはこういうフレーズがどうしても欲しい〉などの注文や希望を、私が(山下)達郎に 具体的に頼むこともあります。

━ 今回、特に言葉がはっきり入ってくるといいうか、歌詞カードを観なくても歌詞が頭に入ってくるというのが印象的です。凄く丁寧に言葉を発して いるというか、楽曲にあるニュアンスを考えて、いろんな歌い方をしたり言葉の載せ方を考えたりしているんだろうなと。

私にとっては、そこがレコーディングの一番キモの作業で、自分が歌手であることを一番実感できるのがその時間なんですよ。「最後のタンゴ」であれば、この伊集院(静)さんの歌詞 だったら、〈少し情熱的に歌ってみよう〉と考えながら始めて、自分が思ったイメージに届かなかったら、〈じゃあ次はこう歌ってみようかな〉など、何回も試行錯誤をするんです。松(た か子)さんに書いた「リユニオン」は、少し脱力したヴォーカルにしたかったんですよね。あまり明るくするんではなくて、ちょっとけだるいヴォーカルにしようとかテーマにあわせて歌い 方を変えてみる。そこは一番大変な作業でもあって。私とエンジニアとアシスタントと3人だけの作業なんですけど、そこで悩んだり、答えが見つかったりていうのが歌入れの醍醐味ですけ れどもね。

━ 竹内まりやさんというヴォーカリストとして聴いた時に、アクロバティックな歌唱をする人ではないと思っていて。何より凄いのはアルバムをトー タルとして聴けるというか、聴き続けられる。楽曲それぞれのニュアンスを届けてくれるというところが、ヴォーカリストとしての底知れぬ凄さに繋がっているのではと思ったりしてるんで すよね。

もともとアクロバティックな歌い方はできないし、自分にそれは望まれてもいないと思っています。例えばカーペンダーズなどのように、時々針を落とすと疲れずに聴けるとか、BGMで流 しておいてもあまり邪魔にならないとか。そういう楽な聴かれ方の方が私には本望なんですよね。〈BGMにしておいても邪魔じゃない〉っていうのはポップスとしては最高の褒め言葉かもし れないなと思っているんです。であるならば、長く聴いてもらえるBGMになりたいかなと。例えば子供の頃聴いていたザ・ピーナッツなんて本当に歌がうまかったし、さり気ないのに(心に )深く届くものがあった。そういう歌が多分好きなんでしょうね。今も、いろんな歌手の様々な歌い方を素敵だと感じるけれど、自分にあるのはやっぱり自分の声で。いかに自分の声に飽き ずに、それを生かしてレコーディングし続けるかということですよね。人の唱法を真似しても似合わないでしょうし。あとは加齢とともに声帯も衰えていく事とも、今後向き合っていかない といけませんし。

━ でも声自体は未だに変わらないですよね。

私の場合はもともとアルトの声なので、一般的な女性シンガーよりもレンジが低いんですよ。もし私がソプラノだったら、今頃しんどくなっていたかもしれないですね。今回、シングル 「静かな伝説(レジェンド)」のカップリングに、私のデビュー曲「戻っておいで・私の時間」の2011年バージョンを入れているんですけど、キーは35年前の原曲のままなんです。

━ 初回限定盤に付くDVDのほうなんですが。デビュー35周年にかけての35分収録。正直短すぎるかなと。

実はDVDをおまけに付けるアルバムは今回が初めてなんです。せっかくDVDを付けるのであれば、ただMVを並べただけじゃないものにしよう、とスタッフと話し合って、最新MV「静かな伝 説(レジェンド)」からはじまって、2000年に行ったライブの映像を4曲、初出しで「カムフラージュ」を収録しました。また、これまで作ったミュージック・ビデオのダイジェストも懐か しくご覧になっていただけることと思います。コンサートのDVD化などについては、今後いろいろと検討したいと思います。

インタビュー
タワーレコード株式会社
村越 辰哉氏(川崎店店長)
播摩 仁司氏(販売促進統括部)
Interview by HMV
━ 今回7年ぶりのオリジナルアルバム『TRAD』がリリースされるわけですが、まずはアルバムタイトルを『TRAD』にした理由を教えて頂けますか?

“時代に流されず残っていくものを目指したい”という気持ちでずっと音楽を続けていますが、流行に乗ってただ消費され、摩耗するだけの音楽ではないものを残していきたい。そうい う思いを、この『TRAD』に込めました。
それは前作『DENIM』というタイトルとも共通する部分ですよね。つまりそういう意味では、あまり音楽をやるスタンスは変わっていないんです。

━ この7年の間には、震災もありましたし、人々の価値観を含め大きな変化があった時代だったと思います。まりやさんにとってどんな7年だったと言 えるでしょうか?

自分の大切なものがより判った7年でもありましたね。音楽のあり方もそうですし、もう少しプライベートな意味で「何気ない時間をちゃんと味わいながら生きていきたいな」とか。それ は自分の年齢が増した事も、もちろんリンクしていると思うんです。「人生の扉」を書いた時から数えても8年経つわけですから。あの時“Nice to be 50”と歌っていたのが“Fine to be 60”になろうとしている。否定的な意味ではなく「人生の残り時間」みたいなことを意識するようになりましたよね。例えばドラマーの青ちゃん(青山純 2013年急逝)がいないとか、大瀧 さん(大瀧詠一 2013年急逝)にも会えなくなってしまったとか。いろんな事があって、すべてがあたりまえのように存在するとは思えなくなってる。それをある種肯定的に捉えて「人生の 残り時間をちゃんと味わっていきよう」という考え方になってきたことは確かです。

━ 僕は今作『TRAD』を通して聴かせて頂いて、とてもポジティブな印象を受けました。それは今おっしゃったような時代背景と年齢を重ねた事が関係 しているのでしょうか?

それは無意識の中にあると思います。常に不安と背中合わせの時代ですから、救いようのない歌を歌ったら自分も救われないし、せめて歌の中だけでも、ちょっとした希望を投げかけて いきたいという思いはあります。

━ 達郎さんの『Ray of Hope』発売時にもインタビューさせて頂いたんですけど、同じような事をおっしゃっていました。「世の中が不安に駆られてい る時は、素直な解り易いものじゃないと人の心が癒せない」って。

そう話していましたか。私も同感ですね。若い時だったら、真正面から“この命にありがとう”(「いのちの歌」)とか“人生”というような言葉を拾ったりしないと思うんです。でも それがふっと自然に出て来たし、今はその言葉を歌っても全く違和感がない。そんな自分がそこにいる事は確かなんです。このアルバムには、ポップスという範疇で言えば重い言葉も入って ますけど、「人を励ます」っていうほどおこがましい気持ちではなく、私の中から自然に出てきた言葉が連なっているんですね。「みんなを励まそう」という意識で書いているわけではない んですけどね。

━ まりやさん自身はポジティブな方ですか?

おめでたい性格なんです(笑)
本当はシリアスに考えなきゃいけないことでも、あんまり重く捉えたくないと思ってる。もともとの性分なのでしょうがないんですけど。 変な話、例えば若い頃「達郎と交際発覚!」みた いな事をマスコミが取り上げたとしても、私の性格上「やっとこれで大手を振って付き合ってますって言える」って思うんですよ。でも達郎は「もう外を歩きたくない」ってなる(笑)
私の場合、まぁ楽天家なんでしょうね。
ただおめでたいだけでは生きていけない事もわかる年齢になると、心のバランスの取り方を自分なりに考えて生きるようになりますよね。 もともと田舎ののどかな所で育ってますし、大都 会の世知辛さみたいなものをあんまりインプットされずにきたせいか、「あの山越えた東京には面白いものがあるんじゃないか?」という気持ちを持ち続けてきたので、幾つになってもおめ でたい部分がありますよね。
達郎はそれと間逆で都会のど真ん中、池袋で生まれ育って、受験競争とか学生運動とかも経験してきてますから。
そういう真反対の人間同士だったからうまく補い合えるのかもしれないですね。私が楽天家でなかったら、二人で暗くなりながら眉に皺をよせて生きてたかもしれないですし。(笑)

━ ポジティブである一方、歌詞の中に“生きてゆくことが時々 悲しみを運んできても…”(「夏のモンタージュ」)というフレーズがあったりもしま すよね。

楽しいとか、面白いとか、そういう事だけでは通り過ぎていけないのが人生だっていう事も、十分にわかる年齢ですし。だからと言ってそれを重い言葉で表すのも私っぽくない。軽やか なポップスでそれを表現するにはどういう言葉がいいのか?っていう事は考えますよね。

━ まりやさんは、自分と同世代の女性を意識して作っている部分はありますか?

同世代の女性・男性ですね。やはり同世代の人々が何を思って普段生活したり、人生の中で何を感じているかっていうのはすごく意識していると思います。同世代に対して説得力を持つ 言葉っていうのは必ず下の世代にも同じように響くと思っているので。
例えばみつきちゃんの曲などの場合、確かにティーンエイジの初恋の甘酸っぱさみたいなことを考えて書いてるんですけど、同世代として共有できる言葉を必ず入れています。その言葉は、 みつきちゃんと同世代の子が大人になった時、あるいはその時点でも響くものだと思ってるんです。

━ ストーリーや情景を思い浮かべて歌を作る事が多いですか?

イメージを漠然と思い浮かべます。メッセージ的なものが前に出ているものに関しては、どういう事を伝えたいかを“言葉”として探すんですけど、「駅」みたいに物語性が強いものは “映像”として組み立てていくんです。その“映像”に対して言葉をパズルみたいにはめていくんですけど、それも面白いですね。「せーターじゃなくてコートかな?」とかね。

━ シングルでもリリースされた「静かな伝説(レジェンド)」はフォークソングですね。

『ワンダフルライフ』という、様々な人たちの生き様を紹介する番組のテーマソングだったので、生き様という言葉から私たち世代が連想する音楽、つまり、フォークソングで作ろうと 考えたんです。フォークソングは今までやった事ない曲調ですし、このテーマならばやってみようと。The BANDとかNeil Youngに共通する泥臭い音楽と、吉田拓郎さんのような所謂日本の70 年代フォークみたいなものを合体させて、自分でハーモニカを吹くような曲にしてみようっていう事で。私にしてはちょっとめずらしい男言葉の曲ですね。

━ 「静かな伝説(レジェンド)」で歌われる“彼”や“彼女”は、決して偉大なことを成し遂げた人だけを歌っているのではないように思ったのです が。

そうですね。有名・無名を問わず、険しい道を選んだ人はいっぱいいると思うし、番組のコンセプト的にもそうだったので。ちょうど、この曲を書いている最中に私はソチオリンピック の浅田真央ちゃんを見てたんです。そしてこの人は絶対に幸せになってほしい人だってすごく思いました。“祈ってくれ 彼女の幸せを”というフレーズは、深い感動をくれた真央ちゃんの 事を思い浮かべながら書きましたね。だから、あの“彼女”という言葉の中には真央ちゃんのイメージがいっぱい入っています。もちろんスポーツ選手だけじゃなくて、様々な市井の人たち のイメージも入っていますが。だから、リスナーそれぞれにとっての“彼”や“彼女”を思い浮かべながら聴いて下さるんじゃないでしょうか。

━ そうですよね。だから、ここで歌われる“栄光”や“勝利”って何だろうって思ったんです。

華々しいものだけではなく、何を「栄光」と呼ぶかですよね。それは『DENIM』の時に“輝く何かが誰にでもあるさ”(「人生の扉」)って言っているのと同じように、みんながそれぞれ に尊い存在だという事です。それを説教臭く言っちゃうと私っぽくない。だから“彼”とか“彼女”っていう言い方になったんですよね。

━ レコーディングには、サザンオールスターズの桑田佳祐、原由子夫妻も参加されていますよね?

ラララっていうメロディーを最後に歌入れした時、以前、達郎の「蒼氓」で4人で一緒に歌った事を思い出したんです。それで佳ちゃんと原坊に「ラララってユニゾンで歌いたいんだけど 」ってメールしたら「時給950円くれたら行くよ」って(笑)。
「ぜひっ!」って私も返事して、実現したんですけど。本当に楽しかったですね。同じ78年デビュー組としては。

━ 公開された歌入れの時の4人の写真がすごく素敵で。

佳ちゃんも達郎も老眼鏡してるのがおかしいよね(笑)
同世代の音楽仲間が現役でポップスを続けている事が、なんとも嬉しいですよね。

━ 今回、初回限定盤特典DVDにはライブ映像が収録されますね。

初出しのライブ映像は「カムフラージュ」。皆さんに知られている曲でもあるし、「モテキ」という映画で麻生久美子さんがカラオケで歌う場面があったという事もあって、この曲にし ようと。初出しはそれと、これまで作ったMusic Videoをダイジェストで繋いだもの。35周年という事もあってトータル35分になるように作りました。

━ 今回の映像にしても、ブックレットの全曲解説にしても、毎回毎回、パッケージにこだわってものづくりされているのがすごく伝わってきます。

自分がパッケージ世代だからでしょうね。特にLP世代だから。ちゃんと歌詞カードを見ながら聴いて、解説とかも全部読んで。A面かけた後に丁寧にひっくり返してB面っていう世代。大 事に聴こうっていう気持ちは、そこに形があるからなんです。ダウンロードは便利だしエコでもあるけれど、やっぱりちょっと寂しいんですよね。勿論、音楽の聴き方が広がってるっていう 利点もあります。若い人が50年代の曲を掘り起こして聴いたり、YouTubeにもプラス面はいろいろあると思います。ただ、パッケージは私にとって残ってほしいメディアなので。

━ ライブツアーもされるんですよね。

4年前に「souvenir again」をやった時に「次は還暦までに…」って公言したんですよね。その約束を果たす事が一つ。それから今回、達郎が「Maniac Tour」を29本回ったあとで、バン ドが温まった状態だということ。だからこのタイミングでぜひやろうと。いつも東京・大阪だけなので、今回は広島・宮城・北海道・福岡も行きます。まだ具体的な曲などは考えていなんで すけどね。単純にファンの方々に会いたいという思いです。

━ ライブで歌うっていう事自体はお好きですか?

私はライブでどうしてもステージに立ちたいっていうタイプではないんです。どちらかというと、スタジオでの緻密な作業の方が好きなんですよね。
アマチュア時代にバンドでコンテストに出たりするあのライブの楽しさと、プロになってから自分が真ん中に立って歌うのとではちょっとプレッシャーが違う。そこでパフォーマンスをする には、レコーディングとは全く別の才能が必要なんだと思うんです。
でも、私がそこに立って歌っているだけで嬉しいという方がいて下さるのなら、そこに立つべきだろうと。

━ バンドも含めすごいクオリティーのライブになるでしょうね。

バンドはね、もう保障しますよ。バンドはピカイチだと思います。いざって言うときは私の後ろにもっと凄いボーカリストがいますから(笑) たぶん、その安心感があるから私はステー ジに立てるんだと思います。いざって言う時には必ず助けてくれる面子ですから。

━ ライブ本当に楽しみにしています。では最後に、35周年をあらためて振り返ってみていかがですか?

30周年の時も思ったんですけど、とにかく出会いに恵まれた35年でした。いろんな人との縁(えにし)の糸が繋がってる。人との出会いがあって私の歌のキャリアが始まって、杉さんや 達郎との出会いもあって。自分の音楽活動も私的な生活もご縁が全て繋がって35年間続けてこられたと思います。それも私の場合は、ずーっとキャリアを極め続けたわけではなく、家庭にい る時間の長い35年でしたから、これだけ長く続けられたっていうのは、聴いてくれる人がそこにいて下さったおかげです。本当に感謝の気持ちでいっぱいです。40年50年を目指して頑張りた いと思います。

━ 40周年50周年も楽しみにしてます。今日は本当にありがとうございました。

ありがとうございました。とっても楽しかったです。

インタビュー完全版をHMV ONLINEに掲載中
http://www.hmv.co.jp/pr/mariya/

インタビュー
株式会社ローソンHMVエンタテイメント
松井 剛氏(EC事業本部)
古藤 大輔氏(商品本部)
Interview by 山野楽器
≪ 『TRAD』に込めた思い ≫
━ 7年ぶりのオリジナルアルバム!まずはタイトル『TRAD』に決めたいきさつを教えてください。

TRADとは“伝統的な、正統派の゛という意味を持ちますが、時とともに消えてゆくのではなく、時代や世代を超えて愛される音楽を目指したいという思いから名付けました。
だからといってコンサバティブ(保守的)に走るのではなく、”王道を歩むTRADでありたい”という気持ちも込めました。

━ このタイトルは、ご自身で決められたのですか?

はい。前作の『DENIM』や『REQUEST』のように、私はアルバムタイトルをシンプルにワンワードで言えるものにしたいと思っていて、候補となる言葉を昔から手帳に書き記しているんで すが、TRADは前からあったんです。「私もある程度人生を重ねてきたことだし、そろそろこの言葉が似合う頃かな」と、今回はTRADにしようと決めました。
また今回のアルバムは、自分でもとてもバラエティに富んだ曲が収まったと思っているので、ファッションにも長く愛される柄や素材があるように、これらの曲もずっと聴き続けてほしいと いう願いが伝わればうれしいですね。

━ 確かに今回のアルバムは、1曲1曲に上質な聴き心地や完成度が感じられ、TRADというタイトルはピッタリですね!

そう感じていただけたら有難いですね。完成度の点では(山下)達郎の編曲の力も大きいと思います。テーラーメイドというか、今聴いても20年先に聴いても色褪せずに聴ける音を、彼 は具体的に作り上げてくれるので、それがしっかり感じ取れるアルバムになっていると思います。

≪ もともと『ご縁』をモチーフに歌を書きたかった ≫
━ 1曲目の「縁(えにし)の糸」は朝ドラ『だんだん』の主題歌で、舞台は出身の島根県でしたね。

もともと『ご縁』をモチーフに歌を書きたいとずっと思っていたんですが、どう曲に表現して良いか悩んでいたときに、このドラマの主題歌のお話をいただき、舞台も私が生まれた出雲 と不思議な糸で結ばれている気がして、日本の古き良き言葉をロッカバラードに乗せて歌いました。

━ 今回のアルバムには、杉真理さんや伊集院静さんから提供された曲も歌われていますが、レコーディングは緊張されましたか?

いいえ、楽しんで歌いましたよ。杉さんとは大学時代から音楽活動を一緒にやっていたし、伊集院さんの詞は、私が作る歌には出てこない言葉や感情もあって、それをどう歌おうか逆に 「歌い手」としておもいきり楽しみました。

━ テレビからまりやさんの歌声で「ウイスキーが、お好きでしょ」が、突然流れたときはビックリしましたよ。

杉さんが石川さゆりさんにこの曲を書かれた時に聞かせてもらっていて、「すごくいい曲だね!」と彼に伝えた記憶があるんですけど、まさかその20年後に自分が歌う事になろうとは思 いませんでしたね。さゆりさんの歌があまりに良いので不安はありましたが、杉さんとのご縁を感じつつ、私なりに歌わせていただきました。
作詞は田口俊さんが手掛けられたんですが、実は2番の歌詞は、私のレコーディングのために加筆してくださったんですよ。このアルバムで2番を初めて聴く方は多いかもしれませんね。

━ 「最後のタンゴ」の中に、♪抱いて 抱いて もっと♪というフレーズなんか、まりやさんが作る歌には絶対に出てこないフレーズですよね?

確かにそうです。小説家の伊集院さんならではの歌詞ですよね。でも女優さんが役柄を演じるような気分で、私も歌の主人公になりきって歌いました。

━ 松田聖子さん、みつき(高畑充希)さんへの提供曲のセルフカバーも今回収録されましたね。

すでに定着した感があるセルフカバー収録ですが、今回は2000年以降に提供した曲を入れようと、3曲レコーディングしました。もともと提供する人をイメージして作るので、その後自分 で歌うのはそんなに簡単ではないですね。
「特別な恋人」は聖子さんの原曲の雰囲気を保つために、あえてアレンジを変えずに歌いましたが、なかなか難しかったです。改めて彼女の歌のうまさや表現力の高さを実感しました。「夏 のモンタージュ」は、初々しい歌声のみつきちゃん用に書いた楽曲なので、こちらは達郎に編曲で変化をつけてもらってから歌いました。

━ もともとご自身で歌うために作った曲を、ほかの方に提供したことはあるのですか?

そういえば1曲あります。中森明菜さんのアルバムに提供した「赤のエナメル」という作品は、私が‘84年にアルバム「ヴァラエティ」を制作した時に自分用に作ったのを、歌詞を変えて 彼女にあげたのを思い出しました。昨年の暮れに、『Mariya's Songbook』(提供した歌をオリジナル歌手の音源でまとめたアルバム)が出たんですが、明菜ちゃんや薬師丸ひろ子ちゃん、 広末涼子ちゃんなどに提供した歌それぞれに、その人の個性や声質を自分なりに分析しながら、楽しく作った思い出がほとんどですね。

≪ 人生の応援歌に、桑田君と原坊が参加してくれてすごくうれしかった ≫
━ 先行シングル「静かな伝説(レジェンド)」は、達郎さんに桑田佳祐さん、原由子さんがコーラスに参加し、発表されたときは大いにマスコミを賑 わせましたね。

エンディングの♪ラララ~♪の部分を、当初一人でレコーディングしたときに、なんか物足りなさを感じたんですね。それで、ふと達郎が26年前に出したアルバム『僕の中の少年』の「 蒼氓(そうぼう)」という曲で、この4人がユニゾンしたことを思い出して、今回の♪ラララ~♪も4人で歌えば、より深みが出るんじゃないかなと思って桑田君と原坊にメールしたら、「参 加させてもらいま~す」と即返信が来たんです(笑)。
後日、4人で1つのマイクを前にレコーディングしました。実は4人の中でも桑田君の声が際立って、他の3人の声がよく通らないので、桑田君一人だけマイクからかなり離れて歌ってもらった んですよ(笑)。私とサザンオールスターズは同期デビューだし、「静かな伝説(レジェンド)」は人生の応援歌なので、同世代の彼らに参加してくれてすごくうれしかったですね。本当に ありがたい仲間です。

━ アルバムの最後を飾る「いのちの歌」は、人生を顧みる歌詞とおだやかなメロディーに、多くの人がきっと感動してくれる気がします。

この曲はドラマ『だんだん』の劇中歌で、音楽を担当された村松崇継さんのメロディーに詞を付けてほしいとプロデューサーの依頼を受けて出来上がった曲なんです。すごく素直で純朴 な気持ちに立ち返って、『親や家族、そしてこの命に”ありがとう”という感謝の気持ちを綴ろう』と、今まで書いたことのないテーマの歌詞になりました。
私はほとんど自分の歌で泣くことはないんですが、この曲は歌っていると胸が熱くなるんです。以前武道館のコンサートで弾き語りで歌ったとき、日頃はロックしか聴かない友人が「あれは 泣けたよ」と言ってくれて…。子どもたちがこの歌を合唱していたりすると、涙腺が緩むんですよ。シンプルな歌だけに、心の核に触れるんでしょうか。

━ 今回のアルバムは、それぞれの曲に深いメッセージが込められている気がします。デビュー35周年を迎えられ、歌詞を作る上で心がけていることは ありますか?

誰にでもわかる、できるだけ平易な日本語で歌詞を書くことを心掛けています。もちろん私には英語の歌もありますが、奇をてらった言葉とかテクニックに走るのではなく、聴く人の心 にすんなりと入る、どんな世代にも素直に響く言葉を探して作るようにしています。また、年齢を重ねたからこそ感じる想いや物語を書きたい気持ちもありますね。

≪ 銀座は私にとって、まさに『TRAD』な街 ≫
━ 今回のアルバムの初回限定盤には、ライブ映像や今までのミュージックビデオのダイジェスト版を収録したDVDが付きますね。

今まではボーナストラックとして音源をプラスした初回限定盤が多かったんですが、ほとんど商品化されていないミュージックビデオ16曲をまとめたダイジェスト映像に、ライブ映像も 数曲入れて、それらをDVDにデビュー35周年にちなんで35分に凝縮して収録しました。

━ アルバム発売後には、久しぶりにコンサートツアーが決定しましたね!

そうなんですよ。今回は33年ぶりに北海道や九州まで足を伸ばして皆さんに会いに行きます。達郎のツアーが10月に終わったあと、同じサポートメンバーで回る予定です。

━ 以前コンサートで「山下達郎をサポートメンバーとして使えるのは私だけ」と言ってましたね?

しかもノーギャラで…なわけないか(笑)。4年前のコンサートで「還暦前にもう1回ぐらいはやりたい」と言ったので、約束は守ろうと決意しました。現時点、曲も何も決まっていませ んが、皆さんが聴きたいであろうと予想される曲をできるだけ選んで、達郎と相談しながら作り上げていこうと思います。どうぞ楽しみにしていてください。

━ アルバムタイトルは『TRAD』ですが、まりやさん自身ファッションへのこだわりとかありますか?

好きなものは子供のときから変わっていないですね。永遠にタータンチェックは好きですし、黒のタートルネックやダンガリーシャツやデニムも、時代が変わってもずっと着ています。 やはりベーシックなものが落ち着きますね。
私にとっては、山野(楽器)本店さんがある銀座の街自体がまさにTRADなんですよ。まだ小学生だった頃、初めて東京に来て銀座4丁目の角に立ったときに見えた建物や看板、街並みすべて にすごく感動したのをいまだ鮮明に憶えています。今回のアルバムのブックレットに掲載する写真は、トラッドな格好をして出身地の出雲で撮ったんですが、田舎町で育った私にとって銀座 は、まさに東京の中のトラッドなんです。そんな銀座のど真ん中にある山野さんで、私のアルバムを置いてくださっていること自体感慨深いものがあります。

━ 最後になりましたが、アルバムを楽しみにしているファンの方々にメッセージをお願いします。

7年ぶりのオリジナルアルバム、長らくお待たせしました。アルバム『TRAD』が皆さんの定番になってくれることを願いながら作りましたので、どうぞ末永くご愛聴ください。

━ 素敵なお話をありがとうございました。
インタビュー
株式会社 山野楽器
榊原 亙氏(商品部MD)
中島 光英氏(販売促進室)
Interview by 新星堂
━ 実に7年ぶりのオリジナルアルバムということで、こちらも感慨がひとしおでして…

(笑)7年空きましたけど、それだからどうと言うこともなく、相変わらずのペースですよね。

━ その7年という時間の中で、世の中的には価値観が変わるぐらいの変化がありました。そんな中でも普遍性を携えた楽曲が並びましたが、ご自身の音楽での変化は感じますか?

デビューのときから歌ってきた楽曲の様相は変わっていないですね。好きなものとか自分に似合う音楽がそういうものだと思っているので。見つける言葉は年齢によって違ったり、タイアップでのリクエストによって変わるんですけど、音像として好きなものは変わらないですね。

━ そしてそのアルバムのタイトルはずばり『TRAD』と。

もうシンプルに。この作品はシングルを少しずつ溜めていってそれが集まったものなので、一言で表すコンセプトというものもなくて。だとしたら流されることなく時代に耐えて残っていくものにしたいという思いから、このタイトルにしました。「伝統的な」とか「正統派の」という意味なんですけど。昔からその瞬間の流行で作るよりは、それと並行しながらずっと聴き続けてもらえるような音楽にしたいという気持ちで作っています。そんな願いとか姿勢を込めた意味での“TRAD”なので、決して保守的な意味ではないんです。

━ そのアルバムは「縁(えにし)の糸」で幕を開けて。

振り返ってみれば、やはりこのアルバムはいろんな“ご縁”が繋がって出来上がったものなので。例えば桑田(佳祐)君を始め、杉(真理)さんや伊集院(静)さんが入ったりする、そんなご縁というものを象徴するような曲“縁(えにし)の糸”から始めました。その流れで、今回のジャケット写真は出雲で撮りおろしました。私の故郷の海だったり、出雲大社の参道や私の実家の旅館や、「いのちの歌」に“ふるさとの夕焼け”っていう言葉が出てくるので、それだったら宍道湖の夕焼けだなとか。最初は『TRAD』だからイギリスあたりまで行って撮影しようかって話していたんですけど、「まりやさんの“TRAD”はやっぱり出雲でしょう!」って皆さんに言われて。

━ 「それぞれの夜」は毎晩ニュース番組で耳にした楽曲ですが、達郎さんがほぼ一人で演奏されていて。

ああいう感じのおかずを叩けるドラムがいないので自分でやった方がいいってことで。「Your Eyes」では青ちゃん(故・青山純)のドラムをそのまま完コピした形で打ち込んでいましたしね。

━ 「アロハ式恋愛指南」はもともと配信だけでリリースされていて、逆にこちらはトラックほぼ全部を打ち込みにしている中で達郎さんのギターが。

達郎のカッティングが聴きたいっていう思いが私の中に常にあるので、彼が自分の楽曲であまりやらないんだったら、私がそういう曲を書いてやってもらおうと思って(笑)。鉄板のギターが鳴っています。

━ 「ウイスキーが、お好きでしょ」は先にオファーがあって?

はい、そうです。この曲は、シングルのカップリングに入れた英語バージョンの方がより私らしいイメージだったんですけど、アルバムにはCMでお馴染みのものを入れべきだろうと思って。とても好きな曲ですが、実は歌うのが難しいんです。やっぱり(石川)さゆりさんみたいには歌えないので、これはある意味私と杉さんのコラボバージョンとしての「ウイスキー」ですね。

━ 「Dear Angie ~あなたは負けない」は杉さんの存在感がすごくありますよね。

これぞ杉さんというメロディですよね。2012年の春、私の誕生日に杉さんから「おめでとう」の電話をもらったとき「新曲が出来たよ!」という話をしてくれたんです。ちょうど大学のアマチュアバンド時代に杉さんの作る曲をいち早く聴くのが私の楽しみだたんですが、まさにそれに近い感じの出来事でしたね。

━ 「最後のタンゴ」には驚きました。

両親がタンゴを好きで、アルフレッド・ハウゼや昭和に流行ったコンチネンタル・タンゴを子供の頃聴いていたのですが、この曲が流れる『ラジオ深夜便』のリスナー世代の人たちだったら懐かしいかもしれないという思いもあってタンゴにしました。

━ 「夏のモンタージュ」は2008年の高畑充希さんへの提供曲ですね。

みつきちゃんは女優さんとしての演技力の高さにも驚いているんですけど、とにかく私は彼女の声が好きで。そんな彼女に書いたこの曲は、最近自分で書いた曲の中でも特にお気に入りでしたので、今回自分でも歌おうと達郎にアレンジを頼んだところ、少しテンポを上げてサーフィン・ホットロッド風の元気のある感じに変化させてくれました。

━ 「リユニオン」は松たか子さんに提供された曲です。

これは松たか子さんのアルバム曲だったんですけど、アコースティックギター2本でシンプルに佐橋(佳幸)くんがアレンジしていたのを、セルフカバーは変化をつけてキーボードを中心としたリズムアレンジの上に、服部先生のストリングスと難波(弘之)さんのピアノを加えました。都会の夏らしい感じが出ましたね。

━ 松田聖子さんへ提供された曲「特別な恋人」も収録されています。

聖子さんが50歳になる直前に曲を書くことになったので、彼女が今までに歌ったことのないタイプの大人のラブソングを目指しました。この曲に関しては聖子さんバージョンのイメージを踏襲したいと思ったので、アレンジを増田(武史)さんに頼んでそのままキーチェンジだけしてもらって、コーラスは達郎が歌っています。

━ ご自身の40枚目のシングルとなった「たそがれダイアリー」。

そうだったんですね、自分では数えてなくて(笑)。おじさん心をくすぐる所があったらしくて、私の周りにいる団塊世代の男性たちからグッときましたっていう感想を結構いただきましたよ。サウンド的にも男性受けするタイプですね。

━ そしてまりやさんの最も新しい曲「深秋」になります。

これは『芙蓉の人 ~富士山頂の妻』という夫婦愛を描いたNHKのドラマ主題歌で、富士山頂で気象観測所を建てた男性を支える妻の話なんですけど。命がけで越冬するという夫婦愛を真正面から歌った曲です。

━ 最新シングル「静かな伝説(レジェンド)」ですが。

『ワンダフルライフ』という人々の生き様を紹介する番組のテーマ曲の依頼が来て書き下ろしたものです。いわゆる王道のポップバラードよりも、生き様っていう言葉からイメージするのはやはりフォークでしょうと思って。

━ 「Your Eyes」は達郎さんの曲のカバーですが、木村拓哉さん主演のドラマの主題歌がついにCDに入って。

もともと、主題歌は既存の楽曲の中から選ぶというお話だったので、この曲もひとつの候補として挙げていたのが実現したという感じですね。

━ もともとはNHK連続テレビ小説『だんだん』の劇中歌だった「いのちの歌」という達郎さんが関わっていない作品をアルバムの最後に持ってこられていて。

最後は「Your Eyes」で締めくくろうと考えていたんですけど、“この命をありがとう”という大きな言葉のあとにはどんな曲も続かない気がしました。、やっぱりラストに入れるしかなかったんですよ。

━ マナカナちゃんもコーラスで参加されていて。まさに『だんだん』で始まり、『だんだん』で終わるアルバム。

だからもう一回ループしてアルバムを聴いたときに『だんだん』が繋いでくれている感じがしますね。もう一回「縁(えにし)の糸」に戻って「いのちの歌」で終わって。「だんだん」は出雲の言葉で「ありがとう」という意味なので、アルバムが私の感謝の気持ちで始まり、感謝で終わるという意味も入っています。

━ そんなアルバムのリリースを受けて、本当に久しぶりにライブツアーが決定したということで!?

ツアーと呼ぶには本数は少ないですが、地方まで周るのは実に33年ぶりで。私のCDを買ってくださっているリスナーの方とリアルに対面する機会がほとんどないので、みなさんへのお礼をこめてステージに立つという感じですよね。聴いてくださっているみなさんのお顔が見たいというか。

━ 初回限定盤の特典DVDの内容がまた豪華で。

35周年を記念して35分間のフィルモグラフィを作りました。2000年の『souvenir LIVE』から「駅」と「不思議なピーチパイ」「September」をきちんとした形でDVD化したものに新たに「カムフラージュ」の未発表ライブ映像も加えました。「静かな伝説(レジェンド)」のミュージックビデオと過去16曲分のミュージックビデオのダイジェストを入れてトータルで35分になるように作りました。特典にDVDを付けるアルバムは初めてなんですけど、みなさんの要望にぜひお応えしようと。

━ 昨今、CD市場の縮小が叫ばれる中、中高年の購買力が市場を支えるひとつの柱になっています。そんなCDショップに足を運ばれる同年代と共有されたいことというと?

それこそスマホが発達したりダウンロードであったりと音楽の聴かれ方が変化していますが、私を含めたそういう世代の人たちってLPを買ってA面聴いてひっくり返してB面を聴いていた、あの音楽の聴き方の喜びっていうのは永遠に心の中に残っていて、どんなに社会の状況とか文明が変わっていったとしても音楽にときめく心っていうのは変わらないと思っているんです。音楽の豊かな時代を生きてきた、そういう世代の人たちに届くようなポップスをこれからも作っていきたいし聴き続けてほしいと願っています。それに応えられるように私も創作を続けていきたいですね。『TRAD』という言葉も含め、今回も同世代の方々と共有したい気持ちや連帯意識を大いに発信しているつもりです。もちろんそのさらに下の世代の方々にも受け入れられる音楽ならばなお良いですけれど、根底にあるリアル世代の人たちの応援が一番自分にとっては大きな支えですね。こうやって長く35年も続けてこられたのもその人たちが聴き続けてくれたということに他ならないので、本当にありがたいと思っています。共に人生を歩んでいく中で私が作る音楽と、みなさんが生活の中で感じたものがリンクしていったり、あるいは思い出を共有していけるのは素敵なことです。私は音楽をダウンロードするのは何となく物足りないと感じるタイプのせいか、今回も1曲ずつの曲目解説をブックレットの中に入れたり、写真をたくさん載せたりしているんですけど、そういうパッケージならではの楽しみをぜひ受け取っていただければと思います。

インタビュー
株式会社 新星堂 執行役員 商品統括部 部長
株式会社 New Wave Distribution 執行役員
野々口 敏之

WARNER MUSIC JAPAN SPECIALS