須田景凪
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須田景凪「雲を恋う/落花流水」オフィシャルインタビュー
2022.10.7
須田景凪が、映画『僕が愛したすべての君へ』主題歌「雲を恋う」と挿入歌「落花流水」をリリースした。
「今までにないくらいストレートな言葉で曲を書いた」という「雲を恋う」は、包容力あるメロディに乗せ深い関係を築いてきた相手への思いを歌い上げる一曲。スピーディーな曲調に乗せて互いに惹かれ合う情景を歌う「落花流水」もあわせて、ピュアな心模様が描かれている。
並行世界をモチーフにした乙野四方字による小説を原作に、『君を愛したひとりの僕へ』と二作同日公開となる『僕が愛したすべての君へ』。そのストーリーを受けてどのようなイメージを膨らませたのか。
メジャー1stフル・アルバム『Billow』のリリース以降、バルーン名義でのボーカロイド楽曲の投稿、フレデリックやぬゆりとのコラボレーションなど、様々なスタイルで旺盛に楽曲を発表してきた2021年から2022年を振り返りつつ、今の須田景凪のクリエイティビティのモードについても、話を聞かせてもらった。
——「雲を恋う」と「落花流水」は、映画『僕が愛したすべての君へ』の話を受けて書いた曲なんでしょうか?
そうですね。オファーをいただいた時点では、もう一作の『君を愛したひとりの僕へ』の方とどっちを担当するかはまだ決まっていなかったんです。なので、まずはその二つの原作を読ませてもらったら、単純にめちゃくちゃ面白くて。そこからしばらく経って「『僕愛』の方を須田さんにお願いします」という話をいただいて。そこから「雲を恋う」という曲を書きました。
——「雲を恋う」はどんなところから作っていきましたか?
ここ最近はストレートな言葉で曲を書くのがマイブームなんです。たとえば今年に出した「猫被り」という曲などもそうだと思うんですけど、今回の作品に曲を書くにあたっても、ひねった言葉を使うよりも、ストレートな表現の方が合うかなと思って。最終的には自分の中で今までにないくらいストレートな言葉で書いたと思います。「雲を恋う」というタイトルは最後に決めたんですけれど、これは「籠鳥雲を恋う」ということわざから来ていて。「何かに囚われてる状態から自由に憧れるさま」という意味のことわざなんですけれど、この『僕愛』の方の主人公は内にこもっていて、自分の中で渦巻いている感情を吐露できずにもがいているようながあって。そういった部分がそのことわざとリンクするなと思ってタイトルを決めました。
——原作の二作を読まれて、どんな印象を持ちましたか?
並行世界を題材にしている作品って沢山あると思うんですけど、それが二つの作品にしっかりとわかれて描かれているものって、今まであまり見たことがなくて。小説でも映画の方でも、それがすごく具現化されている作品だなと思いました。「もしあの時自分がこうしなかったらこうだった」とか、そういうところも隙がなく丁寧に描かれている作品だと思いました。とても新鮮でしたね。人気になる理由もすごく腑に落ちました。
——最初は『僕愛』と『君愛』のどちらを担当するかわからなかったということですけど、結果的に『僕愛』の方がフィットした感触はありましたか?
もし『君愛』をお願いされていても、ちゃんと作品に準ずるものは書けたとは思うんですけど、『君愛』だったらもう少し悲しい、切ない曲を書いていただろうなという気はします。結果的に『僕愛』が、今の自分のモードとすごくマッチしたなと思いますね。
——『僕愛』は、並行世界という仕掛けもありますし、長い人生を辿る物語ではありますが、描いている心情自体はすごくピュアな話だと思うんです。そういうところにも曲の着想が結びついたということはあるんじゃないでしょうか?
おっしゃる通り、特に『僕愛』の方はいい意味でひねくれていないというか、ピュアに人生を謳歌していくようなイメージがあって。全部観た時に、まず主題歌を一人称で書きたいと思ったんです。この作品では長いスパンで人生を描いていて、そういう作品は自分も大好きなんですけど、仮にずっと一緒にいたとしても、結局人と人が100%分かり合うのは不可能だと自分は思っていて。どんな間柄でもそうだと思うし、そこにある種の後ろめたさみたいなものを共有しながら、一人と一人でしか伝わらない、本当に小さなものを深めていく関係性というものがあると思うんです。深い関係になればなるほど綺麗事だけでは済まないというか。そういう関係って、単純に親友とか恋人とか、そういうことではなくて、自分の中では“共犯者”に近い印象があって。そういうところから言葉も選んでいきました。
——その“共犯者”というのは、どういうものなんですか?
全ての関係において、美しさだけで成り立っているものはないと思っていて。この作品の主人公たちに限らず、関係性が深くなればなるほど、相手が自分の思ってない感情の動きを見せた時に感じるショックや痛みも大きくなると思うんです。だから、感情の綺麗ではない部分、醜い部分も許し合って、二人だけでそれを分かち合いながら生きていくものだと思っていて。そういう部分って、本当に深い関係だからこそ見せられる部分でもあるじゃないですか。そういう秘密みたいなものが少しずつ増えていくところが、いわゆる“共犯者”というものに近いなと思います。
——そういうモチーフは、たとえば歌詞のどんなところに投影されていたりしますか?
サビで書いた言葉に尽きるなとは思っていますね。理想通りのドラマチックな人生というよりも、そこにある二人だけでしか共有できない当たり前を重ねていくというか。
——サビの「安っぽい日々を送ろうね 下らない話をしようね」というフレーズは、まさに最初におっしゃったストレートな言葉遣いだと思います。マイブームとも言ってましたけど、それはどういうところから来たものなんですか?
去年に『Billow』というアルバムを出して、そこで自分がその時に目指していたいろんなサウンドを取り入れたり、音楽的に攻めた部分というものを一通り消化した気がしていて。そこから今に至るまで、ある種の原点回帰みたいな気持ちで音楽を作っているんです。その中で何をどうしていったら、もっとJ-POPとして強度が増していくかを考えて、ひたすら歌詞に向き合っていた時間が長くて、歌詞に向き合えば向き合うほど、どれだけドラマチックな言い方をしても、ストレートな言葉には勝てない瞬間があるということを思うようになって。だから、今年は積極的にそういう言葉を選んでいる気がします。
——サウンドやアレンジに関しては、どんなふうに考えて作ってきましたか? 跳ねるリズムのミドルテンポの楽曲に仕上がっていますが。
感情を吐露できないもどかしさって、つまりは幼さや未熟な部分だと思っていて。ある種の青さのようなものを書く場合、今回は露骨に洗練されたサウンドというよりも青さの残るバンドサウンドみたいなものがマッチするかなと思って書いていきました。いろいろ試行錯誤したんですけど、「はるどなり」とか「ゆるる」のような壮大なものよりも、ロックバラードというか、洗練されきってないアレンジの方がマッチするなと思って、結局この感じに落ち着きました。
——なるほど。壮大じゃないというのはポイントかもしれないですね。映画の主題歌って、どうしても壮大なもの、広がりのあるものをイメージしがちですけど、「雲を恋う」は、歌詞で描いているのも一人と一人の関係であるし、曲調にしても小さな範囲を想起させるものである。そのあたりも『僕愛』という作品の着地点とフィットしてる気がしました。
確かにそうかもしれないですね。作品全体をまとめる主題歌というよりも、結局その二人の関係性、一人と一人という狭いコミュニティを描いた曲になったかもしれないですね。
——並行世界が何十個も広がっているようなSF的な要素もある映画ですが、この曲では一人と一人が純粋に思い合っている、その関係性が切り取られてる感じがしました。
そうですね。そこを一番フォーカスしました。この作品は並行世界がもちろんテーマではあるんですけど、その設定を仮になくしたとしても、ラブストーリーとしてすごく美しいものがある。その関係性の綺麗事だけではない部分にフォーカスしていきましたね。
——「落花流水」についても聞かせてください。これは「雲を恋う」よりも後にできた曲なんでしょうか?
はい。
——「挿入歌を作ってください」という話もあったんですか?
ありましたね。でも自分としては挿入歌というもの自体を作るのが初めてで。挿入歌ってそもそもどういうものを書いたらいいんだろう?というところからでした。最終的には、「雲を恋う」と相反するスピード感のあるものにしたいというところからサウンドを作っていって。「雲を恋う」が一人称の曲だから、「落花流水」の方はさらにそれを俯瞰で見た曲にしたいと思って書いていきました。
——ストーリーの中のこの場面で曲を使うというような指定はあったんでしょうか?
特にはなかったです。というのもあって、「どうしよう」から始まったんですけど、結果的には曲が一番映えるところで使ってもらって。むしろ書いたものに合わせてくれたのかなという印象もあります。
——「落花流水」という曲名も含めて、映画の中での使われ方がすごくフィットしてるな思いました。
「落花流水」という言葉自体が「お互いが惹かれ合うさま」という意味を持っているんですけれど、映画本編でも、まさに二人の関係がどんどん加速して縮まっていくようなシーンに流してもらって。すごく愛のある使い方をしてもらった印象があります。
——お互いが惹かれ合っていくような情景やイメージは曲を作ってる時もありましたか?
ありましたね。最初は「雲を恋う」で1人称の片割れ側を作ったので、そのもう片割れ側にしようかなとも思ったんですけど、それだと解釈の幅が狭まってしまうと思ったので。「落花流水」と「雲を恋う」のどちらだけを聴いても成立はするんですけど、両方聴いたらもっと強度が増すようにしよう、と。映画も同じような作りだと思うんですけど、曲もそういう仕組みを作れたらいいなと思って、作っていきましたね。
——MVとジャケットのイラストはtoubou.さんが手掛けていますが、toubou.さんのことは以前からご存じだったんですか?
はい。toubou.さんの作品で『「さざ波の少女たち 」予告編』という作品があるんですけど、それを見てファンになりました。絵のタッチはもちろんなんですけど、ただ純粋に美しいものを描くというよりも、その奥にある不気味さみたいなものまで、細かく描いている印象があって。自分が目指している表現したいものとリンクする感覚があって、いつかご一緒したいなと思ってたんです。それでこのタイミングで是非と思ってお声がけしたら快く受けていただけました。
——toubou.さんとはどんなやり取りがありましたか?
いろんなお話をさせてもらいました。toubou.さんも「『雲を恋う』のここの歌詞の意味はなんですか?」とか、ひとつひとつの仕草の心模様が間違いがないかみたいことを、たくさん確認してくれて。自分の書いた「雲を恋う」という曲の解釈と、それを表す映像の齟齬が一切ないように、ひたすら向き合ってくれました。すごく熱量を持って取り組んでくれて、とても真摯な方という印象でした。
——改めて、『Billow』以降に発表してきた曲についても聞かせてください。いろんなタイプ、いろんなやり方の曲を発表してきていると思うんですが、須田さんのモードはどう変わってきたのか教えてもらえますか?
『Billow』を作り終わって、ある種の満足感と同時に、「じゃあ、これからどうしよう、何を作っていこう」と考える時間があって。その中でよく作品を一緒に作る映像作家のアボガド6さんと話したことから久しぶりにボーカロイドの曲を作ってみたり、フレデリックと一緒に曲を作ったり、ボカロPのぬゆりと共作をしたりとか、あとは2〜3年前の自分と今の自分を改めて比べるような時間もあって。特に大きかったのは、ぬゆりやフレデリックみたいなプライベートの関係値がちゃんとある人たちと一緒に曲を作ったことですね。それによって音楽の強度が増すというか、自分が知らなかった方向に行く面白さをすごく感じて。そこから改めて自分の色をどうやって出していこう、どう強度を増していこうみたいなところを考えたり。そうやって「パメラ」とか「ノマド」とか、「無垢」とか、「猫被り」とか、いろんな曲を書いてきました。
——じゃあ、まずはバルーン名義でアボガド6さんが映像を制作した「パメラ」と「ノマド」について。「パメラ」は去年の秋に「The VOCALOID Collection」にあわせて投稿した曲、「ノマド」は「プロジェクトセカイ カラフルステージ! feat. 初音ミク」に書き下ろした曲ですが、それまではボーカロイドを用いた楽曲の投稿からはしばらく離れてましたよね。
そうですね。界隈の曲自体も全然聴けてなかったですし。
——改めて、どういう理由でバルーンの名義をもう一度動かそうと考えたんでしょうか。
去年、YOASOBIのAyaseくんと対談させてもらった機会があって。それまではビリー・アイリッシュとかマックスとか、洋楽を中心に聴いていたんですけど、久しぶりにボカロを聴こうと思ったタイミングだったんです。Ayaseくんはもちろんですし、syudouくんとか、NOMELON NOLEMONのツミキくんとか、それ以外の人たちも含めて、自分が「シャルル」を作った2016年の頃とまた違うムーブメントが起きていて、シンプルにかっこいいなと思ったんですよね。そのあたりから久しぶりに自分もやりたいなあということを、ぼんやりと思っていて。『Billow』が終わって半分打ち上げみたいな感じで、アボガドさんと世間話してる時に、「ボカコレってものがあるらしいね」というところから、ちょうど自分も少し制作が落ち着いた時期だったので「じゃあ、久しぶりにやろうよ」という話になって。思いつきで久しぶりに投稿した感じでしたね。
——ボカコレに参加してみての感触はどうでした? 「パメラ」はボカコレTOP100ランキングでも1位になり、若いクリエイターと同じ土俵に立って、今のボカロリスナーにも受け入れられた感覚があったんじゃないかと思います。
結果としてはそうですね。おっしゃる通り、土俵が同じっていうのが、ニコ動の一番の強みだと思っているので、そこに一緒に投稿できたのも嬉しかったし、最終的に1位という数字をいただけたのも嬉しかったです。
——ぬゆりさんとのコラボは、ぬゆりさんのソロプロジェクトのLanndoにフィーチャリングで参加した「心眼」とバルーン×ぬゆり名義の「ミザン」がリリースされたわけですが、これはどういうきっかけだったんですか?
交流自体はバルーン名義のみで活動している時期からあって。当時はコラボの話は特にお互いになかったんですけど、もともとプライベートでゲームとかして遊ぶ関係ではあったんですよ。それで、ふとした会話から「いずれ共作とかしてみたいよね」という話がふわっと出て。その数ヶ月後に「心眼」という曲を歌ってほしいというお願いをしてくれて、ぜひという話になったんです。で、その曲はタイアップもあったんで出す時期が決まっていて。「心眼」は「Lanndo feat. 須田景凪」名義なんですけど、全く同じ時期に「バルーン×ぬゆり」のコラボの曲が並んだら、面白いよねという話になって。
——「心眼」はすでに完成していた曲に、ボーカリストとして参加する感じでした?
そうですね。それこそボーカリストとしてだけ他の方の曲にフィーチャリングで参加するのも初めてだったので、それも嬉しかったです。
——バルーン×ぬゆり名義の「ミザン」の曲制作はどんな感じでしたか?
作り方はフレデリックとコラボした時と全然違って。お互いボカロPの名義では、家だけで完結する作業だし、使ってるソフトも偶然同じだったので、お互いが曲の種をひたすらネット越しに送り合う作業というか。15往復から20往復くらいして「ここは任せる!」「ここちょっと俺やっていい?」みたいな、プライベートな関係だからこそできる制作のやり方でしたね。
——そうした制作手法だとお互いにDAWのプロジェクトファイルを見せ合うわけで、作風とかやり方を見れたというのもあるんじゃないかと思います。
そうですね。めちゃくちゃ勉強になりましたね。DTMで作品を作ってる人って、ベーシックはありながら、結局、みんな我流になっていくんですよ。だから、100人いたら100人、作業の仕方もプロジェクトファイルも全然違う。基本、自分がいつもやってるのはJ-POPやJ-ROCKのジャンルだと思うんですけど、彼はもう少し横乗りのエレクトロスイングの要素があって。それを分解して見れたのは、単純に勉強になりました。自分だったら絶対やらないようなベースラインもあったし。同じ空間にビートが二つ存在する作り方とか、自分はもともとドラマーだったので、その発想自体がまずなかったんですよ。そういうところでも、自分にないものを沢山持っている人だというのは改めて認識しました。
——そうしたコラボを経て「須田景凪らしさ」みたいなものが新たに見えてくるところがあったと言ってましたが、それはどういう感じだったんでしょうか。
以前にいろんな編曲家の方とご一緒したこともあったんですけど、その時期はまだ全部自分ひとりで完結する事が多かったし、生のレコーディングなどもあまりしていない状態だったので、人に任せる怖さもすごくあって。でも今回、フレデリックやぬゆりと共に音楽を作れた事によって、人と一緒にやることによって広がるものというか、自分が描いてたものの外に連れて行ってくれる感覚を改めて大きく感じたんです。その時に自分が一番譲りたくないものは何だろう?と考えた時に、やっぱり言葉とメロディーだったんですよね。もちろん、音のこだわりは沢山あるんですけど、正直、音に関しては良ければ良いみたいな感覚もあって。その経験があってから、より一層自分は言葉とメロディーのプライオリティが高いんだなということを再認識できました。
——「猫被り」についてはどうでしょう? この曲を作っていた時期に考えていたことは?
「猫被り」を作っていた時期は、「無垢」とか「ノマド」とか、いわゆるお話をいただいて作る曲作りが終わって、自分の作りたいものを作るっていう時期に書いたんです。その時にあまり深く考え過ぎずに自然と出てきたのがあの曲でした。言葉にしても、メロディーにしても、サウンドにしても、とにかくシンプルなものが作りたいということを思った記憶があって。より伝わるものを書きたいなっていうのは、強く思いました。
——なるほど。いろんなコラボも含めて他の曲の話をいろいろ踏まえた上で「雲を恋う」「落花流水」の2曲を聴くと、今の須田景凪のモードがよりハッキリと伝わってくる感じがします。
そうですね。今はより一層純粋に「ポップスとしての強度をあげたい」というモードになっているので、初めて聴いても馴染むようなものでありたいし、ポップスって広がりが生まれること自体にも魅力があると思うので。最近はそういうものについてずっと考えてます。
「今までにないくらいストレートな言葉で曲を書いた」という「雲を恋う」は、包容力あるメロディに乗せ深い関係を築いてきた相手への思いを歌い上げる一曲。スピーディーな曲調に乗せて互いに惹かれ合う情景を歌う「落花流水」もあわせて、ピュアな心模様が描かれている。
並行世界をモチーフにした乙野四方字による小説を原作に、『君を愛したひとりの僕へ』と二作同日公開となる『僕が愛したすべての君へ』。そのストーリーを受けてどのようなイメージを膨らませたのか。
メジャー1stフル・アルバム『Billow』のリリース以降、バルーン名義でのボーカロイド楽曲の投稿、フレデリックやぬゆりとのコラボレーションなど、様々なスタイルで旺盛に楽曲を発表してきた2021年から2022年を振り返りつつ、今の須田景凪のクリエイティビティのモードについても、話を聞かせてもらった。
——「雲を恋う」と「落花流水」は、映画『僕が愛したすべての君へ』の話を受けて書いた曲なんでしょうか?
そうですね。オファーをいただいた時点では、もう一作の『君を愛したひとりの僕へ』の方とどっちを担当するかはまだ決まっていなかったんです。なので、まずはその二つの原作を読ませてもらったら、単純にめちゃくちゃ面白くて。そこからしばらく経って「『僕愛』の方を須田さんにお願いします」という話をいただいて。そこから「雲を恋う」という曲を書きました。
——「雲を恋う」はどんなところから作っていきましたか?
ここ最近はストレートな言葉で曲を書くのがマイブームなんです。たとえば今年に出した「猫被り」という曲などもそうだと思うんですけど、今回の作品に曲を書くにあたっても、ひねった言葉を使うよりも、ストレートな表現の方が合うかなと思って。最終的には自分の中で今までにないくらいストレートな言葉で書いたと思います。「雲を恋う」というタイトルは最後に決めたんですけれど、これは「籠鳥雲を恋う」ということわざから来ていて。「何かに囚われてる状態から自由に憧れるさま」という意味のことわざなんですけれど、この『僕愛』の方の主人公は内にこもっていて、自分の中で渦巻いている感情を吐露できずにもがいているようながあって。そういった部分がそのことわざとリンクするなと思ってタイトルを決めました。
——原作の二作を読まれて、どんな印象を持ちましたか?
並行世界を題材にしている作品って沢山あると思うんですけど、それが二つの作品にしっかりとわかれて描かれているものって、今まであまり見たことがなくて。小説でも映画の方でも、それがすごく具現化されている作品だなと思いました。「もしあの時自分がこうしなかったらこうだった」とか、そういうところも隙がなく丁寧に描かれている作品だと思いました。とても新鮮でしたね。人気になる理由もすごく腑に落ちました。
——最初は『僕愛』と『君愛』のどちらを担当するかわからなかったということですけど、結果的に『僕愛』の方がフィットした感触はありましたか?
もし『君愛』をお願いされていても、ちゃんと作品に準ずるものは書けたとは思うんですけど、『君愛』だったらもう少し悲しい、切ない曲を書いていただろうなという気はします。結果的に『僕愛』が、今の自分のモードとすごくマッチしたなと思いますね。
——『僕愛』は、並行世界という仕掛けもありますし、長い人生を辿る物語ではありますが、描いている心情自体はすごくピュアな話だと思うんです。そういうところにも曲の着想が結びついたということはあるんじゃないでしょうか?
おっしゃる通り、特に『僕愛』の方はいい意味でひねくれていないというか、ピュアに人生を謳歌していくようなイメージがあって。全部観た時に、まず主題歌を一人称で書きたいと思ったんです。この作品では長いスパンで人生を描いていて、そういう作品は自分も大好きなんですけど、仮にずっと一緒にいたとしても、結局人と人が100%分かり合うのは不可能だと自分は思っていて。どんな間柄でもそうだと思うし、そこにある種の後ろめたさみたいなものを共有しながら、一人と一人でしか伝わらない、本当に小さなものを深めていく関係性というものがあると思うんです。深い関係になればなるほど綺麗事だけでは済まないというか。そういう関係って、単純に親友とか恋人とか、そういうことではなくて、自分の中では“共犯者”に近い印象があって。そういうところから言葉も選んでいきました。
——その“共犯者”というのは、どういうものなんですか?
全ての関係において、美しさだけで成り立っているものはないと思っていて。この作品の主人公たちに限らず、関係性が深くなればなるほど、相手が自分の思ってない感情の動きを見せた時に感じるショックや痛みも大きくなると思うんです。だから、感情の綺麗ではない部分、醜い部分も許し合って、二人だけでそれを分かち合いながら生きていくものだと思っていて。そういう部分って、本当に深い関係だからこそ見せられる部分でもあるじゃないですか。そういう秘密みたいなものが少しずつ増えていくところが、いわゆる“共犯者”というものに近いなと思います。
——そういうモチーフは、たとえば歌詞のどんなところに投影されていたりしますか?
サビで書いた言葉に尽きるなとは思っていますね。理想通りのドラマチックな人生というよりも、そこにある二人だけでしか共有できない当たり前を重ねていくというか。
——サビの「安っぽい日々を送ろうね 下らない話をしようね」というフレーズは、まさに最初におっしゃったストレートな言葉遣いだと思います。マイブームとも言ってましたけど、それはどういうところから来たものなんですか?
去年に『Billow』というアルバムを出して、そこで自分がその時に目指していたいろんなサウンドを取り入れたり、音楽的に攻めた部分というものを一通り消化した気がしていて。そこから今に至るまで、ある種の原点回帰みたいな気持ちで音楽を作っているんです。その中で何をどうしていったら、もっとJ-POPとして強度が増していくかを考えて、ひたすら歌詞に向き合っていた時間が長くて、歌詞に向き合えば向き合うほど、どれだけドラマチックな言い方をしても、ストレートな言葉には勝てない瞬間があるということを思うようになって。だから、今年は積極的にそういう言葉を選んでいる気がします。
——サウンドやアレンジに関しては、どんなふうに考えて作ってきましたか? 跳ねるリズムのミドルテンポの楽曲に仕上がっていますが。
感情を吐露できないもどかしさって、つまりは幼さや未熟な部分だと思っていて。ある種の青さのようなものを書く場合、今回は露骨に洗練されたサウンドというよりも青さの残るバンドサウンドみたいなものがマッチするかなと思って書いていきました。いろいろ試行錯誤したんですけど、「はるどなり」とか「ゆるる」のような壮大なものよりも、ロックバラードというか、洗練されきってないアレンジの方がマッチするなと思って、結局この感じに落ち着きました。
——なるほど。壮大じゃないというのはポイントかもしれないですね。映画の主題歌って、どうしても壮大なもの、広がりのあるものをイメージしがちですけど、「雲を恋う」は、歌詞で描いているのも一人と一人の関係であるし、曲調にしても小さな範囲を想起させるものである。そのあたりも『僕愛』という作品の着地点とフィットしてる気がしました。
確かにそうかもしれないですね。作品全体をまとめる主題歌というよりも、結局その二人の関係性、一人と一人という狭いコミュニティを描いた曲になったかもしれないですね。
——並行世界が何十個も広がっているようなSF的な要素もある映画ですが、この曲では一人と一人が純粋に思い合っている、その関係性が切り取られてる感じがしました。
そうですね。そこを一番フォーカスしました。この作品は並行世界がもちろんテーマではあるんですけど、その設定を仮になくしたとしても、ラブストーリーとしてすごく美しいものがある。その関係性の綺麗事だけではない部分にフォーカスしていきましたね。
——「落花流水」についても聞かせてください。これは「雲を恋う」よりも後にできた曲なんでしょうか?
はい。
——「挿入歌を作ってください」という話もあったんですか?
ありましたね。でも自分としては挿入歌というもの自体を作るのが初めてで。挿入歌ってそもそもどういうものを書いたらいいんだろう?というところからでした。最終的には、「雲を恋う」と相反するスピード感のあるものにしたいというところからサウンドを作っていって。「雲を恋う」が一人称の曲だから、「落花流水」の方はさらにそれを俯瞰で見た曲にしたいと思って書いていきました。
——ストーリーの中のこの場面で曲を使うというような指定はあったんでしょうか?
特にはなかったです。というのもあって、「どうしよう」から始まったんですけど、結果的には曲が一番映えるところで使ってもらって。むしろ書いたものに合わせてくれたのかなという印象もあります。
——「落花流水」という曲名も含めて、映画の中での使われ方がすごくフィットしてるな思いました。
「落花流水」という言葉自体が「お互いが惹かれ合うさま」という意味を持っているんですけれど、映画本編でも、まさに二人の関係がどんどん加速して縮まっていくようなシーンに流してもらって。すごく愛のある使い方をしてもらった印象があります。
——お互いが惹かれ合っていくような情景やイメージは曲を作ってる時もありましたか?
ありましたね。最初は「雲を恋う」で1人称の片割れ側を作ったので、そのもう片割れ側にしようかなとも思ったんですけど、それだと解釈の幅が狭まってしまうと思ったので。「落花流水」と「雲を恋う」のどちらだけを聴いても成立はするんですけど、両方聴いたらもっと強度が増すようにしよう、と。映画も同じような作りだと思うんですけど、曲もそういう仕組みを作れたらいいなと思って、作っていきましたね。
——MVとジャケットのイラストはtoubou.さんが手掛けていますが、toubou.さんのことは以前からご存じだったんですか?
はい。toubou.さんの作品で『「さざ波の少女たち 」予告編』という作品があるんですけど、それを見てファンになりました。絵のタッチはもちろんなんですけど、ただ純粋に美しいものを描くというよりも、その奥にある不気味さみたいなものまで、細かく描いている印象があって。自分が目指している表現したいものとリンクする感覚があって、いつかご一緒したいなと思ってたんです。それでこのタイミングで是非と思ってお声がけしたら快く受けていただけました。
——toubou.さんとはどんなやり取りがありましたか?
いろんなお話をさせてもらいました。toubou.さんも「『雲を恋う』のここの歌詞の意味はなんですか?」とか、ひとつひとつの仕草の心模様が間違いがないかみたいことを、たくさん確認してくれて。自分の書いた「雲を恋う」という曲の解釈と、それを表す映像の齟齬が一切ないように、ひたすら向き合ってくれました。すごく熱量を持って取り組んでくれて、とても真摯な方という印象でした。
——改めて、『Billow』以降に発表してきた曲についても聞かせてください。いろんなタイプ、いろんなやり方の曲を発表してきていると思うんですが、須田さんのモードはどう変わってきたのか教えてもらえますか?
『Billow』を作り終わって、ある種の満足感と同時に、「じゃあ、これからどうしよう、何を作っていこう」と考える時間があって。その中でよく作品を一緒に作る映像作家のアボガド6さんと話したことから久しぶりにボーカロイドの曲を作ってみたり、フレデリックと一緒に曲を作ったり、ボカロPのぬゆりと共作をしたりとか、あとは2〜3年前の自分と今の自分を改めて比べるような時間もあって。特に大きかったのは、ぬゆりやフレデリックみたいなプライベートの関係値がちゃんとある人たちと一緒に曲を作ったことですね。それによって音楽の強度が増すというか、自分が知らなかった方向に行く面白さをすごく感じて。そこから改めて自分の色をどうやって出していこう、どう強度を増していこうみたいなところを考えたり。そうやって「パメラ」とか「ノマド」とか、「無垢」とか、「猫被り」とか、いろんな曲を書いてきました。
——じゃあ、まずはバルーン名義でアボガド6さんが映像を制作した「パメラ」と「ノマド」について。「パメラ」は去年の秋に「The VOCALOID Collection」にあわせて投稿した曲、「ノマド」は「プロジェクトセカイ カラフルステージ! feat. 初音ミク」に書き下ろした曲ですが、それまではボーカロイドを用いた楽曲の投稿からはしばらく離れてましたよね。
そうですね。界隈の曲自体も全然聴けてなかったですし。
——改めて、どういう理由でバルーンの名義をもう一度動かそうと考えたんでしょうか。
去年、YOASOBIのAyaseくんと対談させてもらった機会があって。それまではビリー・アイリッシュとかマックスとか、洋楽を中心に聴いていたんですけど、久しぶりにボカロを聴こうと思ったタイミングだったんです。Ayaseくんはもちろんですし、syudouくんとか、NOMELON NOLEMONのツミキくんとか、それ以外の人たちも含めて、自分が「シャルル」を作った2016年の頃とまた違うムーブメントが起きていて、シンプルにかっこいいなと思ったんですよね。そのあたりから久しぶりに自分もやりたいなあということを、ぼんやりと思っていて。『Billow』が終わって半分打ち上げみたいな感じで、アボガドさんと世間話してる時に、「ボカコレってものがあるらしいね」というところから、ちょうど自分も少し制作が落ち着いた時期だったので「じゃあ、久しぶりにやろうよ」という話になって。思いつきで久しぶりに投稿した感じでしたね。
——ボカコレに参加してみての感触はどうでした? 「パメラ」はボカコレTOP100ランキングでも1位になり、若いクリエイターと同じ土俵に立って、今のボカロリスナーにも受け入れられた感覚があったんじゃないかと思います。
結果としてはそうですね。おっしゃる通り、土俵が同じっていうのが、ニコ動の一番の強みだと思っているので、そこに一緒に投稿できたのも嬉しかったし、最終的に1位という数字をいただけたのも嬉しかったです。
——ぬゆりさんとのコラボは、ぬゆりさんのソロプロジェクトのLanndoにフィーチャリングで参加した「心眼」とバルーン×ぬゆり名義の「ミザン」がリリースされたわけですが、これはどういうきっかけだったんですか?
交流自体はバルーン名義のみで活動している時期からあって。当時はコラボの話は特にお互いになかったんですけど、もともとプライベートでゲームとかして遊ぶ関係ではあったんですよ。それで、ふとした会話から「いずれ共作とかしてみたいよね」という話がふわっと出て。その数ヶ月後に「心眼」という曲を歌ってほしいというお願いをしてくれて、ぜひという話になったんです。で、その曲はタイアップもあったんで出す時期が決まっていて。「心眼」は「Lanndo feat. 須田景凪」名義なんですけど、全く同じ時期に「バルーン×ぬゆり」のコラボの曲が並んだら、面白いよねという話になって。
——「心眼」はすでに完成していた曲に、ボーカリストとして参加する感じでした?
そうですね。それこそボーカリストとしてだけ他の方の曲にフィーチャリングで参加するのも初めてだったので、それも嬉しかったです。
——バルーン×ぬゆり名義の「ミザン」の曲制作はどんな感じでしたか?
作り方はフレデリックとコラボした時と全然違って。お互いボカロPの名義では、家だけで完結する作業だし、使ってるソフトも偶然同じだったので、お互いが曲の種をひたすらネット越しに送り合う作業というか。15往復から20往復くらいして「ここは任せる!」「ここちょっと俺やっていい?」みたいな、プライベートな関係だからこそできる制作のやり方でしたね。
——そうした制作手法だとお互いにDAWのプロジェクトファイルを見せ合うわけで、作風とかやり方を見れたというのもあるんじゃないかと思います。
そうですね。めちゃくちゃ勉強になりましたね。DTMで作品を作ってる人って、ベーシックはありながら、結局、みんな我流になっていくんですよ。だから、100人いたら100人、作業の仕方もプロジェクトファイルも全然違う。基本、自分がいつもやってるのはJ-POPやJ-ROCKのジャンルだと思うんですけど、彼はもう少し横乗りのエレクトロスイングの要素があって。それを分解して見れたのは、単純に勉強になりました。自分だったら絶対やらないようなベースラインもあったし。同じ空間にビートが二つ存在する作り方とか、自分はもともとドラマーだったので、その発想自体がまずなかったんですよ。そういうところでも、自分にないものを沢山持っている人だというのは改めて認識しました。
——そうしたコラボを経て「須田景凪らしさ」みたいなものが新たに見えてくるところがあったと言ってましたが、それはどういう感じだったんでしょうか。
以前にいろんな編曲家の方とご一緒したこともあったんですけど、その時期はまだ全部自分ひとりで完結する事が多かったし、生のレコーディングなどもあまりしていない状態だったので、人に任せる怖さもすごくあって。でも今回、フレデリックやぬゆりと共に音楽を作れた事によって、人と一緒にやることによって広がるものというか、自分が描いてたものの外に連れて行ってくれる感覚を改めて大きく感じたんです。その時に自分が一番譲りたくないものは何だろう?と考えた時に、やっぱり言葉とメロディーだったんですよね。もちろん、音のこだわりは沢山あるんですけど、正直、音に関しては良ければ良いみたいな感覚もあって。その経験があってから、より一層自分は言葉とメロディーのプライオリティが高いんだなということを再認識できました。
——「猫被り」についてはどうでしょう? この曲を作っていた時期に考えていたことは?
「猫被り」を作っていた時期は、「無垢」とか「ノマド」とか、いわゆるお話をいただいて作る曲作りが終わって、自分の作りたいものを作るっていう時期に書いたんです。その時にあまり深く考え過ぎずに自然と出てきたのがあの曲でした。言葉にしても、メロディーにしても、サウンドにしても、とにかくシンプルなものが作りたいということを思った記憶があって。より伝わるものを書きたいなっていうのは、強く思いました。
——なるほど。いろんなコラボも含めて他の曲の話をいろいろ踏まえた上で「雲を恋う」「落花流水」の2曲を聴くと、今の須田景凪のモードがよりハッキリと伝わってくる感じがします。
そうですね。今はより一層純粋に「ポップスとしての強度をあげたい」というモードになっているので、初めて聴いても馴染むようなものでありたいし、ポップスって広がりが生まれること自体にも魅力があると思うので。最近はそういうものについてずっと考えてます。