UNCLE KRACKERアンクル・クラッカー

Profile

本名:マット・シェイファー。
クラッカーがキッド・ロックと出会ったのは、1987年、彼がまだ13歳の時、ミシガン州クローソンにあるデイトナというナイトスポットでキッド・ロックがDJ大会に参加している時だった。クラッカーの兄とキッド・ロックが大会で競っていたのだが、後に、クラッカーとキッド・ロックがベスト・フレンドとなる。 当時のクラッカーはラップしていただけだったのだが、そんな彼のラップをレコーディングしてくれたのがキッド・ロックだという。
そしてキッド・ロックは1991年にデビュー・アルバム『Grits Sandwiches For Breakfast』を発売時、ターンテーブルの動かし方も全く知らないアンクル・クラッカーを、彼のバンドのDJとして招き入れる。
「スクラッチとか何も知らなかったんだぜ。ショーでプレイしながら覚えたんだから、俺はめちゃくちゃ費用対効果がいい男なのさ。」とクラッカーは当時を振り返る。言うまでもなく、クラッカーはすぐにターンテーブルをマスターし、それ以来、彼はキッド・ロックのベスト・フレンド、そして音楽の上でもベスト・パートナーとなった。 キッド・ロックのレコードでは、彼と共に曲を書き、パフォーマンスでも参加、全米セールスが1000万枚を突破したキッド・ロックのアルバム『デヴィル・ウィズアウト・ア・コーズ』の成功が、アンクル・クラッカーのソロ・デビューのきっかけとなった。
彼のデビュー・アルバム『ダブル・ワイド』は、キッド・ロックがリンプ・ビズキットとメタリカと共に全米横断ツアーを行っていた際、ツアー・バスの後ろでレコーディングされた。アルバムからのセカンド・シングル「フォロー・ミー」が全米で大ブレイク。アルバムはダブル・プラチナム(200万枚突破)を獲得。2001年にはシュガー・レイと共に全米ツアーにも出ている。

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