A Boogie wit da Hoodieエイ・ブギー・ウィット・ダ・フーディ

Profile

ニューヨック、ブロンクス出身の22歳。
ひたすらラップを愛し、スーパー・スターになる夢を持っていたブロンクスの子供だった彼は、ティーンエイジャーだった時に50セントやカニエ・ウエストの音楽に出会い、自分自身も生まれ育った危険なブロンクスについて曲を書きたいと思い、曲作りを始めた。
「俺は昔からラップに対する情熱があった。ゲットーで育ってきて俺が見てきたことをラップしたいって思ったのさ。」

自作したライムを高校のクラスメイトたちに見せると、彼らはもっと書くようにと励ました。彼の現在のアーティスト名も、高校生時代のあだ名からとったという。
「俺の名前はもともとエイ・ブギーだったけど、学校でいつもフーディばかり着ていたらいつの間にか友達にエイ・ブギー・ウィット・ダ・フーディって呼ばれるようになったんだ」

その後、ブロンクスに住む事が悪影響を与えてしまうと恐れたブギーの両親は彼をフロリダ州に送る。生まれ育った街に名残惜しさを感じつつ、父が買ってくれた最初のマイクロフォーンで自身のラップ・ミュージックを録音するようになる。
「音楽を本格的にやり始めたのはそこだね、なんせ他にやる事がなかったからな。」

2015年の夏からブギーはニューヨークに拠点を置き、自身のレーベル「ハイブリッジ・ザ・レベール」を子供時代の友人クインシー・アチムポン(QP)とサンボウ・カマラ(ブバ)と共に立ち上げる。

「俺の音楽は二つの顔があるんだ。」彼は言う。
「アーティスト側の俺はラブソングを歌いたいんだけど、エイ・ブギー・ウィット・ダ・フーディの俺はトラップソングが作りたいんだ。」

彼のデビュー曲「マイ・シット」はストリーミング回数7200万回を稼ぎ、ゴールド認定に輝いている。また、Apple Musicの「ザ・ベスト・ソングス・オブ・2016」リストに見事ランクインした。そんな彼の二面的なスタイルも、ヒットの秘訣なのであろう。

「毎回レコーディングするたびに、新しいヒットを作っているよ。」

2016年の秋にリリースした最新EP『TBA(ザ・ビギスト・アーティスト)』もまた、新たなヒットとなった。
このアルバムでファンになったと言う声も多く、『TBA』はiTunesヒップホップ・R&Bチャートで見事3位にデビューを果たした。米雑誌「ローリングストーンズ」は同アルバムを「2016年のベストアルバム40選」の一つに選んでいる。

18都市を回ったソールドアウトのツアー「TBAツアー」を最近終えたばかりのブギーは現在も怒涛の勢いでラップシーンを攻めていく。XXLに「今最もアツいヒップホップ界の若きラッパー」と称賛を浴びる中、ブギーは2017年もナイキ・ジョーダンの新コラボ・スニーカー、フォーミュラ23のモデルに抜擢され、新曲「ドラウニング(feat.コダック・ブラック)」のリリース、PnB・ロックやコダック・ブラックと共に映画「ワイルド・スピード アイスブレイク」のサウンドトラックに参加、自身のレーベル・アーティストDon Qの「アイ・トールド・ユー」でコラボするなど、その一年間だけで目覚ましい活躍を見せている。

エイ・ブギーの音楽は今後も音楽界で波紋を呼び、ニューヨーク・ラップを再定義化するであろう。R&Bのメロディックなトーンにストリート・ラップを融合した彼の音楽スタイルは未だかつて無く、ヒップホップ界に新たな風を巻き起こしている。

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