Lucky Boys Confusionラッキー・ボーイズ・コンフュージョン

Profile

カーストゥーブ・パンダヴ(08/31/77 23歳):ヴォーカル
アダム・クリアー(06/23/79 21歳):ギター、ヴォーカル、ピアノ、キーボード、ノイズ
ジョー・セル(10/16/78 22歳):ギター
ジェイソン・シュルテジャン(07/25/78 22歳):ベース
ライアン・ファーガス(02/15/79 22歳):ドラムス

ヴォーカリストのカーストゥーブ(またの名をスタビー)は、インド系アメリカ人の2世で、ギタリストのアダムとともに、ラッキー・ボーイズ・コンフュージョン(LBC)の曲のほとんどを作っている。元々2人は4年前に、地元シカゴで行われたバンド合戦で出会った。ちなみにその時は、カーストゥーブとドラマーのライアンは同じバンドにいて、アダムとギタリストのジョーは他のバンドにいた。
カーストゥーブとアダムのソングライターは一緒に曲を作ろうと決め、セッションを始めた。まもなく、ジョー、ライアンそしてベーシストのジェイソンが輪に加わり、LBCが誕生した。そして彼らは、結成するやいなやライヴを開始する。しばらくして彼らがシカゴ郊外にあるバーや小さいクラブをくまなく回る彼らを追うファンが付くようになり、メトロ(シカゴのライヴハウス)に1000人近くを集め、近隣の街でも演奏するようになっていく。
97年に4曲入りのEP "What's get me high" を初めてリリース。そしてそのEPを元に、98年暮れに自主制作でアルバム『Growing out of it』をリリースした。それぞれに主題をもった曲のコレクションであるこの作品は、シカゴ郊外での生活をLBCのスタイルで描いたスナップ写真のような作品となっている。メンバーの手売りと地元のレコード店で約6000枚を売り上げ、その後、彼らは自身のカタログに「ザ・ソープボックル・スペクタル」というタイトルのEPをリリースした。
やがて、地元のラジオ局が彼らの曲をかけるようになり、彼らの名が中西部以外にも急激に広まり、そして2000年にElektraと契約を交わし、彼らはメジャー・デビュー作となる作品の制作に取りかかる。
バンドは、ニュー・アルバムに収録されている曲の主題を見事なバランス感覚でまとめている。アダムによると、これは最初からの目標だということだが。「俺たちの歌は、俺たちの経験を、人生を反映したものなんだ。」
「レコーティングの最中、自分たちのサウンドがこうあるべきだとか、ないとかでプレッシャーを感じるようになってた。ある晩、あれこれ考えるのにへとへとになって、もうやめちまえって思ったんだ。俺たちのサウンドを彼らの望むようにしちまえってね。実質的に試合を捨ててしまうような真似をしたんだ。で、しばらくしてから、"ダメじゃん"って今までの迷いをふりきった。俺達は自分達が何物か分かってるし、何が自分達にとって一番かもわかってるってね。それで最終的には、俺達の思うようにすすめて、その結果に満足している。だから、アルバム・タイトルを『スローイング・ザ・ゲーム』にしたんだ。忘れない為にもね。俺達はここまでたどり着いたんだ。それを確実なものにするためにも、死に物狂いで働くんだ。」
―― カーストーゥーブ

日本人の琴線にふれるサワヤカな曲、若さがはじけるイキオイのある曲、つい踊りだしたくなる楽しい曲、疾走感が気持ちイイ曲など、今のロックがもりだくさんのアルバム『スローイング・ザ・ゲーム』でメジャー・デビュー!

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