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SKRYUメジャーデビュー記念インタビュー Part. 2

2026.3.3

「てっぺんまで登れば誰からでも見える」

分岐点の軌跡と、変化した作詞術、変わらない信念

 

 

――メジャーデビューを機に、これまでの歩みをテーマごとにターニングポイントを挙げながら振り返っていきたいと思います。まず、今年でマイクを握って10周年になりますよね。

SKRYU:2015年9月にサイファーに初めて参加したんですよ。松山市にある愛媛大学の2年生のとき。9月生まれなので19歳か20歳でした。全然忘れてたけど、確かに10周年ですね(笑)。

 

――最初のテーマは「ラッパーとしてのマインド」です。音楽に向き合う姿勢において、転機になった出来事は何ですか?

SKRYU:1つめは、2020年に銀行を辞めて上京したときですね。コロナ禍に上京って意味がわからないじゃないですか。それくらい背水の陣で、場所を変えて成功したいという覚悟を持って出てきたんです。

 

――ラップでメシが食いたいという思いで上京を決意したんですか?

SKRYUというより、企業勤めしていても自分を肯定してあげることができなくて。ミスもするし、他人に迷惑をかけっぱなしで、本当にダメだなと思っていたんです。そんな中で、ラップで自分のダサいところもかっこよく表現したら、自分を肯定してあげられる気がしていて。銀行員のときから、こんな素晴らしいことを生業にできるなら幸せ以外の何物でもないと思っていたんです。そのためにはラップでお金を稼ぎたいと思って上京を決意しました。

 

――ほかにも、マインド面での転機がありますか?

SKRYU:もう1つは、2023年に代官山ユニットで開催した初めてのワンマンですね。コロナ禍で活動を始めたこともあって、当初はライブをやることにそれほどこだわりはなかったんです。でも、実際にやってみたら、こんなにお客さんが集まってくれるんだって。応援されているありがたみを感じましたし、初ワンマンのあとに自分を取り巻く環境も変わりました。

 

――どのように変わったんですか?

SKRYUいろいろなところからライブや客演のお話をいただくようになって、アーティストとしてのレベルが明らかに上がった感覚があったんです。あと、スターのサイクルをつかんだというか。半年に1回ライブをやって、そこまでに必ず新作を用意しないといけない。そうしないと飽きられちゃうという怖さがあって、初ワンマンを機に、作品のリリースが止まらなくなったんです。

 

――SKRYU, WAZGOGG & Fuma no KTR名義で出した「How Many Boogie」が、ワンマン直前にバズったことも大きかったのでは?

SKRYU:その前もう氷河期ですからね(笑)。

 

――環境が変わって、メンタル面ではどのような変化がありましたか?

SKRYU今も支えてくれるマネージャーがその頃からつくようになって、ものづくりが個人からチームへ変わったんですよね。そうなると、曲ができないから出しませんとか、気が向かないからリリースしません、みたいな、それまでまかり通っていたことが通用しなくなってきて。

 

――責任感やプロとしての意識が芽生えてきた?

SKRYU:かっこよく言えばプロ意識ですけど、単にビビりなだけですよ(笑)。周りのみんなが喜んでくれるうちは止まれないというか。自分に責任感なんてものがあるかわからないけど、やると決めた以上はやる、自分に求められていることを果たす。その意識が今も続いてます。

 

――2つめのテーマは「リリック」です。書き方や視点などに転換点はありますか?

SKRYU:もともとファンタジーなリリックやコンセプチュアルな曲が好きだから、納期を設けずに制作していた初期の頃は、自分が納得するまでとことん練り込んでいたんです。でも、初ワンマン後、リリースに追われるようになってからは、直近で起こった出来事を書くことが増えてきて。たとえば初めてのツアーに向けて出したEP『Stardom』は、本当に忙しい中で書いていて、表題曲にはその直前に開催した野音ワンマンで見た景色のことを書いてるんです。

 

――日記みたいな書き方になってきた。

SKRYU:そうなんです。ラッパーは呼吸をするように歌詞を書けなきゃいけないと思っているので、これはいい変化だよなって。歌詞がリアルになるし、時間が足りないことがマイナスに作用してるとは思ってないんです。

 

――初ワンマンの直前に出した1stアルバム『Transform』の頃は、どんな書き方だったんですか?

SKRYU:まだ全然吟味してますね。切羽詰まり始めてはいたけど、まだ熟考型だった。ただ、そのスタイルではいられないと気づき始めてもいて、それ以降、日記型が増えていった感じですね。

 

――もともと日記型は苦手だった?

SKRYU:苦手でした。ラッパーには日記型が多い印象ですけど、にはいわゆる「LIFE」とか「MONEY」みたいな曲はないですし(笑)

 

――そもそも脚色型というか、妄想型ですよね。

SKRYU:そうなんです。妄想の中に「実は本当のことで」という要素を少しまぶしてる感じ。

 

――苦手という理由には、自分の日常に大きなドラマが起きてないということも?

SKRYUドラマは起きてないし、僕の生活をそのまま歌にして、ファンは喜んでくれるかもしれないけど、大衆にはどう届くんだ?と思ってたんです。みんな楽しんでほしい思いがあるから、抽象的でファンタスティックな表現の方がいいんじゃないかって。でも今は、日記型の歌詞好きになってきたし、そのほうがラッパーっぽいと思うんですよね

 

――今、脚色型と日記型のバランスは?

SKRYU:7割くらいはファンタジーじゃないかな。でも、納期に追われるからこそ生まれる良さもあって。「空の雑巾絞り」って呼んでるんですけど、空の雑巾を最後まで絞ったときに日記型が出てくるんです。そこで最後の一滴を絞り出せたときは、それはそれで気持ちいいんですよね。

 

――トラック選びの視点や曲調に対する考え方でターニングポイントは?

SKRYU:1stアルバム『Transform』を作り終えたあとですね。あの作品は、2部作になっていて、クラブで流れるようなヒップホップサウンドを中心にした“Charcoal Side”、キラキラしたポップス味のあるダンスサウンドを意識した“Diamond Side”と、それぞれにサブタイトルをつけて出したんです。自分が本来やりたいのは、ベースが強くてヒップホップ色の濃いCharcoalの方。でも、どんなサウンドでファンと出会いたいかを考えたとき、軸になるのはDiamondだなと思ったんですよね。

 

――赤いジャケットの方。

SKRYU:そう。だから、このバランスは絶対に崩しちゃいけないなって。

 

――どちらかに寄るのではなく、両方を保つと。

SKRYU:どっちかだけをやりたい気持ちはないんです。ありがたいことに両方を聴いてくれる人がいるし、最近はお客さんが求めるものと自分がやりたいことが重なってきた感覚があって。どちらかに振り切って苦しくなる人も多いと思うんですけど、自分のやりたいことを続けるためにも、お客さんの応援は必要ですし、置き去りにはしたくないんです。

 

――今もヒップホップとポップス調、両軸で走り続けている。

SKRYU:そうですね。1stアルバムで示したスタイルが、今もそのまま続いている感覚があります。

 

――もともと聴いてきた音楽もポップスが中心だった?

SKRYU:ヒップホップを聴き始めたのは、大学でラップを始める直前なんです。だから耳が馴染んでいるのはポップスの方だと思うし、ポップスをやっているときのほうが自分らしい感覚もある。それをラッパーとしてのSKRYUが「いや、こっちもやろうよ」って引き戻している感じですね。

 

――ポップス側のルーツは、どのあたりになるんですか?

SKRYU:小学生のときにミニバスをやってたんですけど、監督の送迎車で徳永英明さんの曲がメドレーのようにずっと流れていたんです。「レイニーブルー」とか「壊れかけのRadio」とか。「風のエオリア」も最高だし、「MYSELF 〜風になりたい〜」もめちゃくちゃかっこいい。「最後の言い訳」っていう曲も素晴らしいんです。

 

――リアルタイムで聴いてた世代じゃないのに、曲名が次々出てくるね(笑)。

SKRYU:あと、母親がBoAや宇多田ヒカルをよく聴いてたんですよ。

 

――“タイトなジーンズにねじ込む”BoAとか、“タバコのflavorがした”宇多田ヒカルとか?(笑)

SKRYU:その頃です(笑)。だから、J-POPなんだけどR&B味がある曲への感度が自然と高くなっていって。

 

――Y2Kサウンドがルーツなんですね。

SKRYU:高校時代はAK-69さんが友達の間で大人気だったんですよ。友達が運転するバイクの後ろに乗って、俺のスマホからAK-69さんの曲を流してカーステ代わりに聴かせたり(笑)。

 

――ヴァースはラップで、フックが歌という構成が自然と染みついてると。

SKRYU:そうなんです。やっぱりメロディーのある音楽が好きなんですよね。

 

――楽曲の制作方法や手順、環境面ではどんな変化がありますか?

SKRYU:上京して最初に住んだ千葉と、その後の大井町の頃は、近所の公園を歩き回りながらリリックを書いていたんです。その後、今の住まいへ引っ越してからは、家の中でしか書けなくなりました。

 

――以前は作業部屋がなかった?

SKRYU:作業部屋は今もないんですけど、外に出ると声を掛けられることがかなり増えて。必要以上に外へ出なくなったんですよね。

 

――外の空気を吸ってリラックスしないと書けなかったのが、室内でも集中できるようになった。あるいはメリハリの付け方を覚えた?

SKRYU:そうかもしれないです。

 

――室内で机に向かって書いているんですか?

SKRYU:ソファに座ったり、机に向かったりしてます。

 

――パソコンをカタカタ?

SKRYU:いや、スマホですね。家の中でもイヤホンをしてトラックを聴きながら書くんです。あと、クリープと砂糖が大半のクソ甘いコーヒーを作って。

 

――パソコンじゃなくて、スマホにポチポチなんですね。

SKRYU:そうです。そのスタイルは昔から変わってなくて。スマホが壊れたとき以外、手書きしたことは一度もないんですよ。憧れはあるんですけどね。

 

――リリック帳を持つことに?

SKRYU:そう。でも、手書きでよくできるなと思うんです。だって、消したくなったときに困りません?

 

――消さずに残しておくラッパーもいますよ。そうすることで、自分の思考の道筋を辿れるっていう。

SKRYU:おしゃれですね(笑)。

 

――おしゃれではないと思うけど(笑)。書くときは、歌詞のどこから手を付けていくんですか?

SKRYU:完全にルーティンが決まっていて、フックから書きます。フックのメロディーを鼻歌で作って、ハモりのラインも歌詞がない状態で全部作るんです。それが完璧に決まってからフックに歌詞をつけていく。そうして曲の聴き心地を担保できたら、ヴァースは自由に遊べるっていう(笑)。このやり方が、もう板についてますね。

 

――最後のテーマは、ライブにおけるターニングポイントです。取り組む姿勢やステージパフォーマンスで分岐点はありますか?

SKRYU:初ワンマンの頃は“クールでいたいSKRYU”がまだ残っていたんです。でも、いつからか上裸になりだして(笑)。来てくれたお客さんをがっかりさせない方法は、動物みたいにすべてをさらけ出すことなんじゃないかと思ったんですよね。声も体も全部使って、“ハイパー歌のお兄さん”みたいなことをやってる自分が好きだし、隙まみれで舐められるくらいでも、曲はちゃんといいものを歌ってる。そのバランスがいいんじゃないかって。

 

――ふざけるのも全力、みたいな?

SKRYU:そうです。それこそ去年の幕張メッセでは、上裸で宙を舞ったんです。あれをやるためには、それまでの2時間を完璧に歌わないといけないという感覚があって。ふざけるためにはむちゃくちゃ真面目に頑張る。そういうマインドになってきたんです。

 

――脱ぎ始めたのは「Mr.Scandalous」を書いたことがきっかけでは?

SKRYU:そうですね。野音のときはまだタンクトップだったから、「Stardom」ツアーで脱ぎだしたのかも。そもそも僕、脱ぎ癖があるんですよ。酒を飲むと脱ぎたくなる(笑)。

 

――興奮してくると脱ぎたくなる?

SKRYU服が邪魔、みたいになるんです。周りの人のことがめっちゃ好きになるし。

 

――裸の付き合いをしたくなる(笑)。

SKRYU:MCでもたまに言いますからね、「裸の付き合いしようぜ」って(笑)。どうして脱ぎだしたのかはっきりしないんですけど、みんなが喜ぶのが気持ちよかったんですよね。歌だけじゃなく、パフォーマンスでも歓声を浴びると「マジで最高やな」って思える。幕張では感動的な場面がたくさんあったんです。だけど、僕が一番泣きそうになったのは、どんなメロウチューンでもなく、裸で吊り上げられてる瞬間だったんですよ。みんなが笑ってるのを見て、僕は逆に泣きそうになった。「これが俺のあるべき姿なんじゃないか」と思うくらい。みんなが一番笑ってるときに、僕は一番泣きそうになったんです。

 

――求められることに応える。それがやりがいになっているのかもしれないですね。

SKRYU: だとしたら、僕の身体はずいぶん都合よくできてますよね。「お前が最高だ」って言われると、トロけそうな顔になってるから(笑)。

 

――まさに絶頂ですね(笑)。

SKRYU:“絶”ですね。そこから今回の“絶”が始まっていたのかもしれないです(笑)。

 

――そのEP『絶』で、いよいよメジャーデビューです。今はどんな気持ちですか?

SKRYU:夢のようです。メジャーに行きたい、メジャーでやりたいと、口酸っぱく言ってきたので。いざ直面すると実感はあまりないですけど、エモさはありますね。昔の自分が想像していた以上のことが起きているし、過去の自分に「ここまで来れるから頑張れ」と言いたいです。

 

――やっぱりメジャーへの憧れは強かった?

SKRYU:ありましたね。超人気者になりたいし、親や家族、爺ちゃん婆ちゃんの目にも触れる存在になりたかったんです。遠くて高いところに登っていくと、離れていってしまう感覚があるかもしれない。だけど、てっぺんまで登り詰めたら誰からでも見えるじゃないですか。忙しくて会えなくなった友達が、僕のいない場所で「あいつと飲んだことがあるんだよ」「あいつバカでさ」って話してくれていたら、それほど嬉しいことはないんです。

 

――それが理想のスター像なんですね。とはいえ、メジャーデビューで「これまでと変わるのでは」と心配するファンもいそうです。

SKRYU:変えるつもりはないですし、ありがたいことにスタッフのみなさんも、今までやってきたスタイルを認めてくれているんです。だから、ここで変わらなきゃいけない、みたいなプレッシャーもない。もし僕が変なことをやり始めたら、そのときは火をくべて炎上させてください(笑)。でも、上裸で宙を舞ったときに燃えなかったから、きっと大丈夫(笑)。

 

――もう怖い物なしだと。

SKRYU:そうですね。あのときにスターになれた気がします(笑)。
 

インタビュー・文 / 猪又 孝

 

 

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